「痛みはがまんできても、かゆみはがまんできない」と言われるほど、皮膚のかゆみはつらいものです。
でも、「かゆみで死ぬことはないから」と、皮膚がかゆいだけではなかなか病院を受診する気持ちになれない人も少なくないでしょう。
しかし、たかがかゆみと甘く見てはいけません。
かゆみはがまんするのが難しいだけではなく、かゆみのせいで十分眠れなくなって、生活の質が大きく下がってしまうこともあるからです。
起きている間はかゆみ止めの薬を塗ったり、冷やしたりしてしのいでいたのに、眠っている間にかゆみのある皮膚をひっかいてしまって、傷を作ってしまった経験のある人もいるのではないでしょうか?
皮膚科の受診で最も多い理由は、かゆみとも言われています。
何らかのかゆみに悩まされている人は意外に多いのです。
かゆみはなぜ起こるのでしょうか?
かゆみの原因がわかれば、かゆみを防ぐ方法が見つかる可能性があります。
かゆみの起こるしくみと乾燥肌の関係を説明します。
目次
1. 皮膚のしくみ
1-1. 皮膚の構造
1-1-1. 表皮
1-1-2. 真皮
1-1-3. 皮下組織
1-2. 表皮の細胞の寿命とターンオーバー
1-2-1. 表皮の構造
1-2-2. ターンオーバーのしくみ
1-3. 皮膚のバリア機能
1-3-1. 皮膚の保湿要素
1-3-2. バリア機能と乾燥肌の関係
2. かゆみの正体
2-1. かゆみの種類
2-1-1. 末梢性のかゆみ
2-1-2. 中枢性のかゆみ
2-2. 末梢性のかゆみが起こるしくみ
2-3. 中枢性のかゆみが起こるしくみ
3. 乾燥肌でかゆくなるわけ
3-1. バリア機能が低下した肌に起こること
3-2. かゆみはかくことで悪化する
3-3. かくことで起こる皮膚の炎症
3-4. 乾燥肌で起こる皮膚の病気
3-4-1. 皮膚掻痒症(ひふそうようしょう)
3-4-2. 皮脂欠乏性湿疹
3-4-3. 貨幣状湿疹
1. 皮膚のしくみ
かゆみを知る第一歩は、皮膚について知ることです。
ここでは皮膚の構造や皮膚の持つ機能などについて説明します。
1-1. 皮膚の構造
皮膚の厚さは場所によって異なりますが、平均するとおよそ2mmになります。
成人では、その表面積は2平方メートルにも及びます。
とても薄いものですが、重量で見ると体重のおよそ16%を占めています。
皮膚は3層からなっています。
一番外側が「表皮」、その下に「真皮」、さらにその下に「皮下組織」が重なっています。
爪や毛のほか、汗を出す汗腺、皮脂を出す脂腺、乳汁(母乳)を出す乳腺なども皮膚に含まれます。
1-1-1. 表皮
表皮は厚さが0.2mmほどですが、丈夫な組織です。
うるおいを保ったり、外部から異物が侵入するのを防いだり、外部の刺激から守ったりする役割を持っています。
1-1-2. 真皮
皮膚の組織の多くを占めるのが真皮です。
網状に皮膚を支える「コラーゲン組織」が張り巡らされていて、その間を水分を保って柔軟性を与える「基質」が埋めています。
さらに、皮膚に弾力性や柔軟性を与える「エラスチン繊維」が張り巡らされています。
外敵から体を守る免疫細胞、汗腺や脂腺、毛根を包む毛包、血管、リンパ管、神経なども真皮にあります。
1-1-3. 皮下組織
皮下組織のほとんどは皮下脂肪が占めています。
皮下脂肪の中を太い血管(動脈、静脈)が通っています。
皮下脂肪は外から力が加わったときにクッションの役割を果たします。
皮下脂肪のおかげで、内臓や骨などが守られているのです。
さらに、皮下脂肪は体の熱が外に発散されるのを防いで、体温を保つ役割も担っています。
1-2. 表皮の細胞の寿命とターンオーバー
皮膚はいつまでも同じ細胞でできているのではありません。
実は表皮の細胞には寿命があります。
それはおよそ6週間です。
表皮の細胞が寿命を迎えるとどうなるのでしょうか?
表皮は常に新しい細胞が作られていて、一定のサイクル(およそ6週間)で入れ替わっています。
1-2-1. 表皮の構造
およそ0.2mmしかない表皮ですが、4つの層に分かれています。
一番上が角質層(角層)、その下が顆粒層、その下が有棘層、一番下が基底層となっています。
新しい細胞は基底層で生まれています。
基底層では、「ケラチノサイト」という細胞が細胞分裂して、新しい細胞ができているのです。
1-2-2. ターンオーバーのしくみ
基底層で生まれた新しい細胞は、有棘層に押し上げられて、分化しながら上に移動していきます。
顆粒層を経て、角質層にたどり着くまでにおよそ4週間かかります。
角質層に着いた細胞は核を失った角質細胞となります。
角質細胞が寿命を迎えると、アカやフケとして剥がれ落ちていきます。
この皮膚の新陳代謝のしくみをターンオーバーと呼びます。
ターンオーバーの間隔は年齢を重ねると、長くなります。
また、ターンオーバーの周期が乱れると、さまざまな皮膚トラブルがおこります。
1-3. 皮膚のバリア機能
かゆみとも深い関係を持つ皮膚の働きのひとつが「バリア機能」です。
健康な肌では、皮膚の細胞が水分を保っているため、細胞と細胞の間にすき間がありません。
バリア機能が正常で働いていて、異物や微生物の侵入から体は守られています。
しかし、皮膚の細胞が乾燥で萎縮してしまうと、細胞と細胞の間にすき間ができてしまいます。
バリア機能も衰えてしまい、異物や微生物の侵入から体を守ることができなくなってしまいます。
1-3-1. 皮膚の保湿要素
皮膚のバリア機能を持つのは角質層です。
ターンオーバーが上手く機能している健康な肌の角質層では、20〜30%の水分が保たれています。
角質層には3つの保湿要素があります。
皮脂膜
皮脂膜は、汗と皮脂が混ざってできた弱酸性の薄い膜です。
皮膚の表面を覆っていて、皮膚から水分が逃げるのを防ぐ役割を持っています。
天然保湿因子(NMF)
NMFは皮膚のうるおいを守る最も重要な成分です。
NMFは角質層にあるもので、おもな成分はアミノ酸です。
水分を抱えて保つ性質を持っています。
角質細胞間脂質
角質細胞間脂質のおもな成分は、セラミドやコレステロール、遊離脂肪酸などです。
細胞と細胞の間のすき間を埋めて、水分が逃げたり、異物が侵入したりするのを防いでいます。
1-3-2. バリア機能と乾燥肌の関係
皮膚のバリア機能が保たれているうちは、皮膚は健康な状態でいられます。
しかし、何らかの原因でバリア機能が衰えたり壊れたりしてしまうと、乾燥肌になってしまいます。
バリア機能が壊れてしまうと、外から水分を与えても、その水分を保つことができなくなってしまいます。
バリア機能が低下すると、皮膚の乾燥が進みます。
皮膚の乾燥が進むと、さらにバリア機能は低くなっていきます。
バリア機能と皮膚の乾燥には、とても密接な関係があるのです。
2. かゆみの正体
かゆみは虫に刺されたときや、下着などで締められて皮膚に跡がついたとき、お酒を飲んだときなどに起こることが多いでしょう。
中には、特定の食べ物を食べた後にかゆくなる人もいるかも知れません。
そもそも、かゆみとはどんなものなのでしょう?
かゆみは、「ひっかきたいという衝動を起こす不快な感覚」と定義されています。
皮膚をかいたり、こすったりすることは、正式には「掻破(そうは)行動」と呼ばれています。
かゆみとは、掻破行動を伴うものなのです。
では、かゆみはどうして起こるのでしょうか?
2-1. かゆみの種類
かゆみは大きくふたつに分けられます。
実はかゆみの起こるメカニズムは、かゆみの種類によって変わってきます。
2-1-1. 末梢性のかゆみ
末梢性のかゆみは、どこがかゆいのか、かゆみのある場所を特定できるかゆみです。
2-1-2. 中枢性のかゆみ
中枢性のかゆみは、体全体がかゆくて、どこがかゆいのか特定できないかゆみです。
かゆみのある場所をみても、赤くなっていたり、ブツブツができていたりはしません。
2-2. 末梢性のかゆみが起こるしくみ
末梢性のかゆみは、虫さされや皮膚の炎症などによって起こるかゆみです。
かゆみの原因となるのは「ヒスタミン」という物質です。
このヒスタミンは、皮膚にあるマスト細胞(肥満細胞)が放出するものです。
虫に刺されるなど、皮膚が何らかの刺激を受けると、IgE抗体やサイトカイン、神経ペプチドといった物質がマスト細胞に働きかけます。
すると、マスト細胞からヒスタミンが放出されるのです。
ヒスタミンはかゆみや痛みを感じる「知覚神経」を刺激します。
その刺激が脳に伝わって、かゆみとして認識されるのです。
2-3. 中枢性のかゆみが起こるしくみ
対して、中枢性のかゆみは、腎臓病や糖尿病、アトピー性皮膚炎などで感じるかゆみです。
かゆく感じる皮膚に炎症が起きて赤くなっていたり、ブツブツ(発疹)ができていたりすることはありません。
中枢性のかゆみに関係するのは、「オピオイドペプチド」という物質です。
ペプチドは、アミノ酸がペプチド結合という方法で2つ以上繋がったものです。
たくさんの種類がありますが、オピオイドペプチドは神経ペプチド(ホルモンや神経伝達物質として働くペプチド)のひとつです。
かゆみに関係するオピオイドペプチドはふたつあります。
ひとつがかゆみを誘発するβ-エルドルフィン、もうひとつがかゆみを抑えるダイノルフィンです。
このふたつにはそれぞれ、結びつく特定のタンパク質、「受容体」があります。
β-エンドルフィンが受容体に結びついて、ダイノルフィンが結びつく受容体よりも活性化すると、かゆみが発生すると考えられています。
3. 乾燥肌でかゆくなるわけ
乾燥肌になってしまうのは、バリア機能の低下が原因のひとつです。
加齢などでターンオーバーが上手く働かなくなったり、皮脂の分泌量が少なくなったり、空気の乾燥した環境に長くいたりすることでも、乾燥肌になることがあります。
3-1. バリア機能が低下した肌に起こること
実はバリア機能が低下した乾燥肌は、敏感肌の前段階と考えられています。
バリア機能の低下が進むと、敏感肌になってしまいます。
敏感肌はちょっとした刺激でも、反応しやすくなります。
そのため、かゆみも感じやすくなるのです。
実は、乾燥肌や敏感肌では、皮膚の感覚器官のひとつで、本来真皮の上層から表皮内に伸びている「自由神経終末」が角質層のすぐ下まで伸びていて、刺激を感じやすくなっていることが知られています。
自由神経終末はかゆみや痛み、温かさ(温覚)、触覚などを感じる感覚器官です。
3-2. かゆみはかくことで悪化する
敏感肌になると、かゆみを感じやすくなりますが、かかずに放っておけばかゆみはいずれ収まります。
ところが人間は、かゆいとその場所をかきたくなるものです。
かくと、気持ちよくなって、かゆみが消えたような気がしますよね?
でも、これは一時的なもので、かゆみが治ったわけではありません。
かくことで体には3つの変化がおこります。
バリア機能の損壊
かくことで、皮膚のバリアが壊されてしまいます。
爪を立ててかいた後の皮膚は赤くなっていたりしますよね。
これは角質層がダメージを受けている証拠なのです。
血がにじんでいる場合は、角質層だけではなく、表皮全体がダメージを受けています。
炎症性サイトカインの放出
表皮細胞がダメージを受けると、炎症を悪化させる「炎症性サイトカイン」という物質が放出されます。
なお、サイトカインは、外部から体内に病原体などが侵入したときに、その情報を免疫細胞に伝えて病原体から体を守るという大切な役割を持った物質です。
軸索反射
軸索反射はさらなる炎症を起こすしくみのひとつです。
軸索反射が起こると、元々かゆみのあった場所だけではなく、その周辺にもかゆみが広がります。
3-3. かくことで起こる皮膚の炎症
実はかゆみは、かくことで強くなっていきます。
かくことで刺激を受けた皮膚は、炎症を引き起こします。
乾燥しているだけでブツブツ(発疹)ができていたりしない皮膚も、「かゆいから」とかいていると、湿疹や皮膚炎が起こってしまうのです。
皮膚の炎症は、損傷を受けた体の細胞や組織を取り除いて、再生するための自己防御反応です。
かかずにいれば炎症も治まり、かゆみもやがてなくなります。
皮膚のかゆみが原因で炎症が起こってしまったら、皮膚科で治療を受けて、「かいて悪化させる」悪循環を断ち切りましょう。
3-4. 乾燥肌で起こる皮膚の病気
乾燥肌は放置すると、さまざまな皮膚トラブルを引き起こします。
皮膚の乾燥がさらに進むと、「乾皮症(かんぴしょう)」になります。
乾皮症は高齢者の9割以上に見られるもので、そのうち半分の人がかゆみを感じると言われています。
乾皮症は、次の3つの病気を引き起こす原因となります。
乾燥肌は放置せずにきちんと保湿しましょう。
3-4-1. 皮膚掻痒症(ひふそうようしょう)
皮膚掻痒症は、皮膚に赤みやブツブツ(発疹)などはみられないのに、かゆみがある状態です。
発症のメカニズムはまだはっきりわかっていません。
かゆみをがまんできずにかいてしまったことで皮膚に炎症が起こり、湿疹などができてしまいます。
3-4-2. 皮脂欠乏性湿疹
皮脂欠乏性湿疹は、皮膚が白い粉を吹いたような状態になって、皮膚がガサガサしたり、ひび割れたりして、かゆみや痛みが起こる状態です。
皮膚が赤くなったり、湿疹ができたり、皮膚がふけのようになって剥がれ落ちる(落屑/らくせつ)こともあります。
よくできる場所は、ひざから足首(すね)や、腕などです。
3-4-3. 貨幣状湿疹
貨幣状湿疹は、直径1cm以下の皮膚の隆起(丘疹)が集まってできた10円玉ぐらいのかゆみの強い発疹のことです。
よくできる場所は足(下肢)です。
かき崩すうちにかゆみの強い発疹は手足や体に広がってしまいます。
まとめ
肌の乾燥を放置すると、肌のバリア機能を低下させて、さまざまな皮膚トラブルを招きます。
そのひとつが「かゆみ」です。
かゆみは「かかずにいられない」衝動を伴いますが、かくことでかゆみは悪化してしまいます。
かゆい→かく→かゆみが増す→さらにかく、という負のスパイラルに入ってしまうと、かゆみを改善するのは難しくなってしまいます。
かゆみを防ぐための基本はスキンケアです。
肌の乾燥は放置せずに、きちんと保湿することを心がけましょう。
かいてしまって皮膚が赤くなったり、ブツブツができたりしてしまったら、なるべく早く皮膚科を受診しましょう。
かゆくてもかかずにがまんすること、早めに治療を始めることがかゆみ対策では大切なのです。
乾燥肌のケアについては、「乾燥肌の正しいスキンケア-4つのステップでカサカサ肌を改善」や「3つの保湿成分で乾燥肌対策-乾燥のしくみを理解して保湿ケア」という記事で詳しくご紹介していますので、ぜひ参考にしてみください。
【参考資料】
小林美咲(監修)『図解がまんできない!皮膚のかゆみを解消する正しい知識とスキンケア』(日東書院本社、2017年)
漆畑修『敏感肌の診療 スキンケアの指導からタイプ別の治療法まで』(メディカルレビュー社、2016年)
高瀬聡子・細川モモ(著)『いちばんわかるスキンケアの教科書』(講談社、2014年)
『これが最新 赤ちゃんのスキンケアがよくわかる本』(主婦の友社、2016年)
エンゾウ・ベラルデスカ、ヨアヒム・W・フルール、ハワード・I・メイバック(編)『敏感肌の科学 その症状と生理学的メカニズム』(フレグランスジャーナル社、2007年)