女性は、男性よりも鉄分不足になりがちな傾向があります。
妊娠期や月経時の女性は、とくに鉄分不足に気をつけなければいけません。
鉄欠乏は、もっとも多い栄養障害といわれ、世界では人口の約半分にあたる30億人以上が鉄欠乏を起こしているといわれます。
栄養状況のよい日本でも、50歳未満の女性の5人にひとりが鉄欠乏性貧血で、そのうちの25%は重度の貧血を起こしています。
鉄不足が一般的な諸外国では、小麦粉や米の鉄分を増やすなど様々な措置がとられているのですが、日本では国レベルでの対策がとられていません。
ですから、鉄分不足は個人で対策しなければいけないのです。
鉄分は、貧血ケアばかりでなく、心の健康にもたらす効果も注目されている重要なミネラル。
ここでは、貧血や鉄分についての基礎知識を解説してから、鉄分不足を防ぐために役立つ15の知恵を紹介します。
目次
1. 鉄欠乏性貧血とは?
1-1. 三大栄養素を助ける鉄の主な働き
1-1-1. 細胞でエネルギー産生を助ける
1-1-2. ヘモグロビンをつくる
1-1-3. 肝臓の解毒作用を助ける
1-1-4. 筋肉に酸素を蓄える
1-1-5. コラーゲンの材料になる
1-1-6. 神経伝達物質の合成を助ける
1-2. 酸素が不足して起こる貧血
1-2-1. 鉄欠乏性貧血の症状
1-2-2. 怖い潜在性鉄欠乏
1-2-3. 鉄欠乏性以外の貧血
2. 鉄分不足を防ぐ10の知恵
① ヘム鉄が豊富な肉類と魚介類
② ヒジキより青ノリ!
③ 鉄を排出する食物繊維とフィチン酸
④ ドライフルーツで鉄補給
⑤ 手軽に使える鉄玉子
⑥ サプリメントと鉄剤の違い
⑦ 貧血を改善するツボ
⑧ 有酸素運動とストレッチ
⑨ 自律神経を整える
⑩ 炎症を治療する
1. 鉄欠乏性貧血とは?
鉄分不足の影響として誰もが知っている「貧血」。
鉄分が欠乏して起こる貧血なので、「鉄欠乏性貧血」と呼ばれます。
まず、鉄分がどのような働きをしているかということと、貧血の症状や悪化の過程を解説しましょう。
1-1. 三大栄養素を助ける鉄の主な働き
「鉄」は栄養学的にはミネラルの一種。
「糖質」「脂質」「タンパク質」という三大栄養素の代謝には酵素が必要とされ、その酵素の働きに欠かせないのが微量栄養素の「ビタミン」や「ミネラル」です。
「代謝」とは、栄養素が体内でエネルギーに変換されたり、様々な部位で必要とされる物質に分解、合成されたりする化学変化のことです。
三大栄養素の代謝に必要とされるビタミンは13種類、ミネラルも13種類が必須ミネラルとして推奨摂取量が示されています。
鉄は必須ミネラルのひとつで、1日の鉄の推奨摂取量は、普通の成人レベルで男性が7.5mg、女性が6.5~10.5mgとされ、上限量は男性で55mg、女性で40mg、子どもは年齢別に指定されています。
鉄分が心と体に及ぼす、主な働きを紹介しましょう。
1-1-1. 細胞でエネルギー産生を助ける
人間の体を構成しているのは60兆個もの細胞。
赤血球を除いたほとんどの細胞には「ミトコンドリア」という細胞内小器官があり、「ATP(アデノシン3リン酸)」という物質をつくり出しています。
人間の活動に必要なエネルギーは、すべてATPが細胞内で分解されることによって産生されます。
筋肉を動かせるのも、心拍や呼吸を行うことができるのも、すべてATPおかげ。
ミトコンドリアがATPをつくるのに必要なのが、酸素と鉄なのです。
細胞には、瞬発力が必要なときのために、酸素を使わずに糖質からATPをつくるシステムもありますが、体内で産生されるエネルギーの90%以上はミトコンドリアでつくられています。
1-1-2. ヘモグロビンをつくる
「ヘモグロビン」は、「ヘム」という鉄原子を中心とした構造の色素と、球状のタンパク質群を指す「グロビン」を合わせた名称です。
鉄分には「ヘム鉄」と「非ヘム鉄」があり、肉類や魚介類など動物性食品に多く含まれる「ヘム鉄」は体への吸収力が高く、植物性食品に多く含まれる「非ヘム鉄」の5~6倍。
体内に存在する鉄分は、成人男性で4g、女性で3g程度ですが、その約70%が、血液を赤く見せているタンパク質である「ヘモグロビン」の中に「ヘム鉄」として存在します。
ヘモグロビン内の鉄は「機能鉄」で、肝臓、骨髄、脾臓などに蓄えられている約30%の鉄分は、「フェリチン=貯蔵鉄」と呼ばれる非ヘム鉄です。
1-1-3. 肝臓の解毒作用を助ける
肝臓には「タンパク質の合成と栄養の貯蔵」「有害物質の解毒」「胆汁の合成」という3つの働きがあり、解毒作用に使われる酵素はアミノ酸と鉄から合成されます。
肝臓には、機能鉄が足りなくなったときに使われる貯蔵鉄が蓄えられています。
この貯蔵鉄が増えすぎてしまうと、活性酸素が増加して免疫力が低下するので、いろいろな病気の原因に。
鉄は錆びやすい金属ですから酸素と結合しやすく、酸素が使われれば活性酸素が発生します。
アルコールには、肝臓の貯蔵鉄を増やす作用があるので、お酒の飲みすぎは鉄分過剰に気をつけなければいけません。
1-1-4. 筋肉に酸素を蓄える
筋肉の赤い色素であるミオグロビンは、タンパク質と鉄分が結合してつくられます。
ミオグロビンは、ヘモグロビンが運んできた血液中の酸素を取り込んで貯蔵し、運動によって筋肉内の酸素が不足すると放出します。
ミオグロビンの酸素でも間に合わない場合には、「解糖系」と呼ばれる、脂肪と酸素を使わないエネルギー産生が行われます。
解糖系はミトコンドリアの100倍ともいわれる早さでエネルギーをつくりますが、貯蔵量の少ない糖質をエネルギー源にするので、長く続けることができません。
食用肉が新鮮なうちは鮮やかな色なのに、時間が経つと黒っぽくなっていくのは、ミオグロビンの鉄分が酸化するからなのです。
1-1-5. コラーゲンの材料になる
肌のハリや弾力をつくり出しているコラーゲンは、タンパク質の繊維。
体内でタンパク質が分解されたアミノ酸から合成されますが、そのときに鉄とビタミンCが必要とされます。
コラーゲンは皮膚だけでなく筋肉、血管、骨など全身に存在しており、骨はカルシウムとコラーゲンが1:1でできていますから、不足すればシワやたるみなどの肌老化だけでなく、全身の老化を進めてしまいます。
毛髪の色は、皮膚のメラノサイトという細胞でつくられるメラニンという色素がつくるもの。
最近の研究では、コラーゲンの欠乏が白髪や抜け毛の原因にもなることがわかっています。
1-1-6. 神経伝達物質の合成を助ける
脳の神経細胞(ニューロン)どうしの間にはシナプスというつなぎ目があって、そこで信号を伝達しているのが神経伝達物質。
快楽や喜びを感じさせるドーパミン、意欲や集中力を高めるノルアドレナリン、精神を安定させるセロトニンといった精神に大きな影響を与える神経伝達物質はアミノ酸から合成されますが、鉄はその合成に必要な酵素を助けます。
近年、うつ病や認知症はセロトニンが正常に働かないことに原因があるとして研究が進められており、とくに注目されている神経伝達物質です。
睡眠を促すホルモンであるメラトニンは、セロトニンからつくられるので、健全な睡眠にも鉄分が欠かせないということです。
1-2. 酸素が不足して起こる貧血
血液容量の約半分を占める赤血球は、総重量の3分の1がヘモグロビンで、残りの3分の2は水分。
血液が赤く見えるのは、ヘモグロビンの色素です。
ヘモグロビンの主成分である鉄は、酸素と結合しやすいので、ヘモグロビンはその作用を利用して全身の細胞に酸素を運搬しています。
酸素は、脂肪をエネルギーに変換するときに欠かせない物質。
この酸素の運搬に問題が生じたり、必要な量のヘモグロビンがつくられなくなったりして、全身の組織が酸素不足を起こした状態が貧血です。
1-2-1. 鉄欠乏性貧血の症状
鉄不足が原因で起こる貧血を「鉄欠乏性貧血」と呼び、貧血の大部分にあたります。
鉄欠乏を起こすと、頭痛、めまい、立ちくらみ、動悸、息切れ、顔面蒼白、耳鳴りといった症状が現れ、慢性的になると心臓が大量の血液を送り出して酸素不足を解消しようとするので、肺や心臓に負担がかかり、心不全など重大な病気を引き起こします。
精神的にも悪影響が大きく、貧血が原因でうつ症状が悪化するケースも少なくありません。
鉄欠乏は、血液検査でわかります。
通常の検査では機能鉄の量を測定する「ヘモグロビン値」しかわからないので、心配な人はオプションで「フェリチン値」を測定してもらいましょう。
女性の場合、体の状態によって鉄欠乏とされる値が変わるので、医師と相談するのが安心です。
爪が薄く割れやすくなったり、中央部分がへこんで反り返るスプーンネイルは、鉄欠乏のサインです。
1-2-2. 怖い潜在性鉄欠乏
疲れやすい、食欲不振、なんとなくだるい、眠気が抜けないといった症状は、貧血の一歩手前である「潜在性鉄欠乏」の可能性があります。
潜在性鉄欠乏がゆっくり進行すると、貧血を起こしていても疲れを感じない人がいます。
ゆっくりと貧血状態へ移行するので、だんだん強くなる貧血の症状に体が慣れてしまうためで、実際には体に大きな負担がかかっているので危険な状態といえます。
鉄欠乏は圧倒的に生理のある女性に多い症状ですが、とくに欠乏しやすいのは、「生まれて1年間の授乳期」「生理がはじまって背が伸びている成長期」「妊娠時」の3つの時期。
この時期は、定期的にフェリチン値測定をしたほうが安心です。
鉄欠乏を起こす原因は、「摂取量の不足」以外に、「鉄の需要増加」「過剰な鉄の損失」「鉄分の吸収悪化」が考えられます。
鉄は過剰になると体内の活性酸素増やしてしまうので、サプリメントなどで摂取量を増やす前に、吸収の悪化を改善することが大事です。
1-2-3. 鉄欠乏性以外の貧血
貧血の原因は、鉄欠乏だけではありません。
・血液をつくる骨髄の働きが低下して起こる「再生不良性貧血」
・ビタミンB12や葉酸が不足して赤血球が減少する「悪性貧血」
・赤血球の寿命(120日)よりも早く赤血球が壊れてヘモグロビンが流出する「溶血性貧血」
などがあることを知っておきましょう。
鉄欠乏性貧血は、全体の70~80%といわれます。
2. 鉄分不足を防ぐ10の知恵
後半は、鉄分不足を防ぐための知恵を紹介します。
食事の摂り方から運動の仕方まで、日々の生活の中で簡単にできることばかりですから、鉄欠乏が気になる人は、せひ実践してみてください。
① ヘム鉄が豊富な肉類と魚介類
ヘム鉄の吸収率は15~20%であるのに対し、非ヘム鉄の吸収率は2~5%程度。
ヘム鉄を効率よく摂ることが大事ですが、非ヘム鉄もビタミンCが豊富な食品と組み合わせることで吸収率を上げることができます。
ヘム鉄が豊富な食品は、豚、牛、鶏のレバー、アサリ、イワシ、マグロ、カツオなど、非ヘム鉄を多く含む食品は、小松菜、ホウレンソウ、インゲン豆、スイートコーン、青ノリ、岩ノリなどがあります。
豚レバーは、とくに鉄分が多く、各種のビタミンやミネラルも豊富な健康食品ですが、ビタミンAなども体内に蓄積しますから食べすぎには注意しましょう。
逆にレバーが食べづらいという人は、赤身の牛肉やマグロなどから摂取するといいでしょう。
② ヒジキより青ノリ!
過去に、ヒジキが貧血によいということが、盛んにいわれたことがあります。
たしかに干しヒジキは非ヘム鉄を多く含む食品ですが、今、鉄分補給で注目されているのは青ノリ。
青ノリは、100g中の含有量で比較すると、豚レバーが約13mgであるのに対し、約77mgと断トツで鉄分が多いのです。
でも、100gといった単位で大量に食べられるものではありませんから、今まで注目されてきませんでした。
普段から食事に加えることを考えてみましょう。
携帯してランチなどに加えるのも、鉄不足予防には効果的ですね。
③ 鉄を排出する食物繊維とフィチン酸
栄養素には、それ自体は体に必要であっても、相関関係をもってほかの栄養素に影響を与えるものがあります。
玄米や麦芽に含まれるフィチン酸は、体に抗酸化作用やデトックス効果をもたらしますが、鉄と強く結合して体外に排出してしまう作用があります。
緑茶に含まれるタンニンにも、鉄と結合して吸収を妨げる作用が。
また、第6の栄養素とも呼ばれている食物繊維は健康に不可欠ですが、多く摂りすぎると、腸内にある鉄分をこそぎとって排出してしまいます。
さらに、ハムやインスタント麺などの加工食品に多いリン酸塩は、鉄の吸収を阻害します。
リン酸塩は摂らなくてもよい成分ですが、ほかの栄養素は鉄を多く含む食品との食べ合わせや、タイミングを変えるなど工夫しましょう。
④ ドライフルーツで鉄補給
フルーツにも鉄分は含まれており、ラズベリー、アセロラ、アボカドに多く、イチゴ、バナナ、ミカンにも含まれます。
おすすめは、栄養素が凝縮されているドライフルーツ。
中でも干しブドウやドライアンズなどは、鉄分補給ができる間食として人気です。
⑤ 手軽に使える鉄玉子
中華鍋のような鉄製の調理器具を使うと、微量の鉄が溶け出して鉄分補給ができます。
1回の摂取量は微量でも、毎日使う調理器具だったらチリツモになります。
鉄のフライパンは気軽に使えますが、おすすめは南部鉄器の鉄玉子。
卵型だけでなく野菜や魚、人気キャラクターなどの形をした小さな南部鉄器を、お湯を沸かすときやスープをつくるときなどに、ポンといれるだけで鉄分補給ができるという便利グッズです。
⑥ サプリメントと鉄剤の違い
市販の鉄分サプリメントは、鉄分含有量が5~10mgですが、医師が処方する鉄剤は100~200mgを摂取するものですから、用途がまったく違います。
普通の状態の人が鉄剤を飲むと危険がともなうので注意。
幼児が誤って200mgの鉄を摂取して死に至ったという事故もあるので、鉄剤の管理には気をつけなければいけません。
生理がある女性の推奨摂取量は通常1日に10.5mgで、摂取上限が40mgですから、食事で不足している場合はサプリメントの使用は効果があります。
鉄分サプリは、ヘム鉄のものを選び、ビタミンB12、葉酸、亜鉛など鉄の吸収を高めたり、造血を促したりする栄養素と組み合わされたものが効果的です。
⑦ 貧血を改善するツボ
ツボ刺激のツボとは、「気」が流れる「経絡」にある気の出入口。
貧血によいとされる「手心(しゅしん)」というツボは、消化器の働きを高め、鉄分の吸収力を高めたり、造血を促したりする効果があります。
両手のひらの中心点が手心で、反対側の親指で押せるので、いつでもどこでも刺激できます。
両ヒザの皿の内側の中心点から指3本ほど上にある「血海(けっかい)」というツボや、お尻の割れ目の上の先端にある「貧血霊(ひんけつれい)」というツボも血流改善に効果があり、鉄分不足の人にはおすすめです。
⑧ 有酸素運動とストレッチ
体内で鉄分を効率よく代謝させるためには、十分な酸素が必要ですから、ウォーキング、ジョギング、サイクリング、スイミングといった有酸素運動を習慣化することが効果的です。
激しい運動は、酸素を必要としない糖質からのエネルギー産生が行われる無酸素運動。
激しくない運動を30~40分間続けることがポイントです。
また、筋肉を伸ばすストレッチは、筋肉内の鉄分を代謝させます。
鉄分は不足しても過剰になってもいけません。
体内の鉄分量を正常な状態に保つためには、正常に消費することも大切です。
⑨ 自律神経を整える
自律神経と鉄は深い関係をもっています。
副交感神経を活性化させるセロトニンの合成には鉄分が欠かせませんし、ヘモグロビンを全身に届ける血流や消化機能は、自律神経がコントロールしています。
ですから、鉄欠乏性貧血は、自律神経のバランスも崩すことに。
逆にいえば、自律神経を整えることによって、鉄の吸収を高めたり、血流を改善して鉄分の欠乏を防ぐことにも効果があるのです。
なによりも、生命維持に必須の基礎代謝をコントロールしている自律神経ですから、心と体の健康維持には欠かせない要素です。
⑩ 炎症を治療する
鉄分は、肝臓に貯蔵鉄として蓄えられ、有害物質の解毒作用で使われる酵素を助けます。
ところが、体に炎症があると、その酵素が肝臓から炎症部位へ放出されてしまい、肝臓で鉄分の代謝ができなくなってしまいます。
この状態で鉄分を摂取すると、貯蔵鉄が過剰になって活性酸素を増やす原因に。
ですから、炎症があるときはサプリメントの使用は中止して、炎症の治療を優先させなければいけません。
まとめ
鉄分不足を解消するためには、欠乏している鉄分を補給することと、体内にある鉄分をうまく代謝させることの両方を考える必要があります。
貧血の原因と鉄欠乏の理由を考えて、足りない鉄分をサプリメントで補うだけでなく、生活習慣や食生活の改善を試してみることをおすすめします。
【参考資料】
・『ドラキュラ女子のための貧血ケア手帖』 濱木珠恵 著 主婦の友インフォス 2017年
・『医者が教える「あなたのサプリが効かない理由」』 宮澤賢史 著 イースト・プレス 2018年
・『もっとキレイに、ずーっと健康 栄養素図鑑と食べ方テク』 中村丁次 監修 朝日新聞出版 2017年
・『これは効く!食べて治す 最新栄養成分事典』 中嶋洋子 監修 主婦の友社 2017年
・東京都病院経営本部 サイト