家の中で立ち眩みがしたり、夏の野外で軽くクラっとしたりして、貧血を心配することがありますよね?
貧血といえば、「鉄分不足」と誰もがイメージするくらい、鉄分は血液をつくるのに欠かせない物質。
ですから、貧血の大部分は、「鉄欠乏性貧血」で、血液の損失が多い女性にとっては気になる栄養素です。
しかし、鉄分が体にもたらす効果は、貧血予防だけではありません。
そのほかにもいろいろと、健康に欠かせない働きがあります。
さらに、体の健康を保つだけでなく、心の健康や美容にも、鉄分は大きな影響を与えています。
だからこそ、サプリメントで摂取したいと考える人は多いですよね。
しかし、体にとって重要な働きをする鉄分は、不足しても過剰になってもいけないミネラル。
正しい知識をもって摂取することが大事な栄養素です。
鉄分のことを知りたい人のために、栄養学の基礎知識をまじえて、鉄分が心と体にもたらす6つの効果を紹介しましょう。
目次
1. エネルギー産生を助ける
1-1. 三大栄養素の代謝を助けるミネラル
1-2. 細胞内でエネルギーをつくり出すミトコンドリア
2. 血液をつくる
2-1. タンパク質と結合してヘモグロビンに
2-2. 酸素を運んで二酸化炭素を回収
3. 筋肉で酸素を蓄える
3-1. 筋肉に酸素を貯めるミオグロビン
3-2. 代謝を繰り返している筋肉
4. 脳神経を活性化させる
4-1. 精神を安定させるセロトニン
4-2. 快楽をもたらすドーパミン
4-3. やる気をもたらすノルアドレナリン
5. 肝臓の解毒作用を助ける
5-1. 解毒酵素シトクロムP450をつくる
5-2. 肝臓への蓄積には注意
6. 老化を予防する
6-1. コラーゲンの合成に必須な鉄
6-2. 抗酸化酵素のカタラーゼをつくる
1. エネルギー産生を助ける
鉄分は、体内のエネルギー産生に欠かせない物質です。
血液をつくることも、もちろん生命維持には不可欠な要素ですが、体内のエネルギーはたんに運動で消費するだけでなく、心拍や呼吸、脳や神経の活動など、生命維持に必要とされるすべての活動を維持しています。
そのエネルギーが生み出される場所は細胞。
人間の体は、約60兆個の細胞でできており、その細胞で生み出されるエネルギーの90%以上をつくっているのがミトコンドリアという物質です。
このミトコンドリアと鉄は深い関係にあります。
1-1. 三大栄養素の代謝を助けるミネラル
「糖質」「脂質」「タンパク質」は三大栄養素と呼ばれ、体内でエネルギーのもとになったり、いろいろな部位で必要とされる物質を合成したりします。
この化学変化を「代謝」と呼び、代謝には、細胞内でつくられるタンパク質の「酵素」が使われます。
酵素の働きを助けるのが「ビタミン」や「ミネラル」。
ビタミンは13種類あり、すべて生物に起源をもつ「有機化合物」で、体内で合成されるものもあります。
ミネラルは、体内に存在する、酸素、炭素、水素、窒素以外の元素のことで、「無機質」とも呼ばれます。
人体には約60種の元素があるといわれ、酸素、炭素、水素、窒素で96%を占めており、残り数十種類のミネラルはわずか4%だけ。
しかし、体にとってはとても大事な働きをもっており、すべて体内では合成できないので外から摂取しなければいけません。
厚生労働省は、13種のミネラルを必須ミネラルとして、摂取量の基準を示しています。
ビタミンもミネラルも微量栄養素ですが、比較的多くの量を必要とする多量ミネラルとして「カリウム」「ナトリウム」「カルシウム」「マグネシウム」「リン」の5種、微量ミネラルとして、「鉄」「亜鉛」「銅」「ヨウ素」「クロム」「マンガン」「セレン」「モリブデン」の8種があります。
鉄の推奨摂取量は、普通の成人レベルで男性が7.5mg、女性が6.5~10.5mgとされ、上限量は男性で55mg、女性で40mg、子どもは年齢別に指定されています。
1-2. 細胞内でエネルギーをつくり出すミトコンドリア
赤血球などほんの一部の細胞をのぞき、全身のすべての細胞には、ミトコンドリアという細胞内小器官があり、「ATP(アデノシン3リン酸)」というエネルギーのもとをつくり出しています。
この過程で、酸素とともに必須なのが「鉄」。
ミトコンドリアはひとつの細胞の中に数百~数千個あり、エネルギーを大量に消費する部位ほど数が多くなっています。
細胞内でATPがつくられる方法は3種類あるのですが、そのほとんどにミトコンドリアが関与していて、体内のエネルギー源の90%以上はミトコンドリアでつくられています。
ですから、ミトコンドリアの機能がうまく働かないと、活動に必要なエネルギーを産出することができません。
疲労は、いいかえれば「ミトコンドリアの機能不全」。
鉄は、体中の細胞が必要としているミネラルなのです。
2. 血液をつくる
もっとも知られる鉄の働きは、血液をつくること。
このシステムに鉄がどのような効果をもたらしているのか、解説しましょう。
2-1. タンパク質と結合してヘモグロビンに
鉄は通常、成人男性の体内に4g、女性の体内には約3gが存在しています。
そのうち約60~70%が、血液を赤く見せているタンパク質である「ヘモグロビン」の中に「ヘム鉄=機能鉄」として存在します。
残りの30~40%は、タンパク質と結合して肝臓や骨髄、脾臓などに「フェリチン=貯蔵鉄」として存在し、一部は筋肉中で「ミオグロビン」として活動します。
ヘモグロビンとは、「ヘム」という鉄原子を中心とした構造の色素と、球状のタンパク質群を指す「グロビン」を合わせた名称。
鉄はヘムをつくるのに欠かせない成分です。
肉類や魚介類など動物性食品に多く含まれる「ヘム鉄」は体への吸収力が高く、植物性食品に多く含まれる「非ヘム鉄」の5~6倍ですから、効率の良いヘム鉄を積極的に摂取する必要があります。
2-2. 酸素を運んで二酸化炭素を回収
機能鉄は、ヘモグロビンの成分となって酸素と結合することにより、全身の細胞に酸素を運搬します。
さらに、酸素が代謝に使われて発生した二酸化炭素を回収して肺に運び、体外へ排出します。
鉄が不足して造血機能に問題が起こると、全身の組織や臓器に酸素がいきわたらなくなって、体内が酸欠になります。
これが「鉄欠乏性貧血」の正体。
鉄欠乏性貧血を起こすと、めまい、動悸や息切れ、頭痛などが現れ、慢性化するとうつ病をはじめとする精神障害へと悪化し、さらには心臓に負担がかかるので心不全などを引き起こす可能性があります。
3. 筋肉で酸素を蓄える
ヘム鉄は、筋肉を動かすためのエネルギー産出を助けるだけでなく、タンパク質と結合して血液中のヘモグロビンとなり、筋肉内ではタンパク質と結合してミオグロビンになります。
3-1. 筋肉に酸素を貯めるミオグロビン
筋肉の赤い色素であるミオグロビンは、ヘモグロビンが運んできた血液中の酸素を取り込んで貯蔵する働きがあります。
通常時は、ミオグロビン内の酸素が代謝に使われることはありませんが、運動によって筋肉内の酸素濃度が低くなると放出されて、代謝に使われます。
動物の肉が赤いのはミオグロビンの色素。
食用肉が新鮮なうちは鮮やかな色なのに、時間が経つと黒っぽくなっていくのは、ミオグロビンの中の鉄分が酸化するためなのです。
3-2. 代謝を繰り返している筋肉
筋肉は代謝を繰り返して、大量のエネルギーを消費する器官です。
このエネルギーも、もちろん細胞内の「ATP」が生むもの。
ATPをつくり出すのは、ミトコンドリアだけではありません。
ミトコンドリアが細胞内で酸素と鉄を使ってATPをつくるのに対して、微量ですが、酸素を使わずに酵素を使ってATPをつくる「解糖系」と呼ばれるシステムがあります。
ミオグロビンによる酸素補給が間に合わない激しい運動や、瞬発力を必要とする運動では糖質をエネルギー源とする解糖系のエネルギーが使われ、マラソンなどの有酸素運動でも、体の負荷が大きくなると解糖系のエネルギーを使う無酸素運動になるといいます。
ATPをつくる効率は悪いのですが、早くエネルギーを産生できるのが解糖系。
乳酸を合成する過程でエネルギーを生む解糖系では、筋肉中に乳酸が急増し、乳酸は血液によって肝臓に運ばれてブドウ糖に再生されます。
これが、糖質がなくてもブドウ糖をつくる「糖新生」というシステム。
ですから、鉄分が欠乏して造血がうまくいかなくなれば、解糖系のエネルギー産生にも影響をおよぼすのです。
4. 脳神経を活性化させる
神経細胞(ニューロン)間のつなぎ目(シナプス)で、信号を伝達する神経伝達物質には、「アミノ酸自体がその役割を果たしているもの」「アミノ酸が結合したペプチド状態のもの」「必須アミノ酸から合成されるモノアミン類」の3種があります。
鉄は、モノアミン類の神経伝達物質を合成する酵素を助けます。
モノアミン類の神経伝達物質にはセロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、ヒスタミンなどがあり、心の健康に大きな影響を与えています。
こうした神経伝達物質の働きが異常を起こすと、大人ではうつ病や認知症の原因となり、子供では脳の発達が正常に行われません。
4-1. 精神を安定させるセロトニン
セロトニンは、ドーパミンやノルアドレナリンの働きを抑制して、精神を安定させる働きがあり、リラックスに欠かせない物質。
うつ病の治療には、セロトニンの量を増やす薬が使用されます。
心拍、呼吸、血圧などを調節する自律神経のバランスを整えるために必要とされ、リラックスモードをもたらす副交感神経を活性化します。
セロトニンは、必須アミノ酸のトリプトファンとビタミンB6から合成されますから、タンパク質が豊富な食品に、ビタミンB6や鉄分も合わせて摂取すると効果的。
レバー類はタンパク質とビタミンB6が多く、鉄分も豊富なので、心と体の健康にとてもよい食品だということができます。
セロトニンは、夜になると睡眠を促進するホルモン「メラトニン」の原料になりますから、睡眠時間をしっかりとりたい、睡眠の質を上げいという人にも必要な物質です。
4-2. 快楽をもたらすドーパミン
ドーパミンは快感や喜びなどを感じさせる神経伝達物質なので、「快楽ホルモン」と呼ばれることもあります。
近年、何かをしたいという意欲をもったときにドーパミンが放出されて、作業の効率を上げているという報告もありました。
意欲を失って喜怒哀楽を表せなくなるパーキンソン病は、ドーパミンの不足が原因です。
アルコールを飲んで気持ちよくなるのはドーパミンが放出されるから。
しかし、ドーパミンは快感を誘う報酬系に働くので、過剰になるとアルコールがやめられない、ギャンブルがやめられないといった依存症の原因になると考えられています。
4-3. やる気をもたらすノルアドレナリン
五感からの刺激によって脳がストレス反応を起こしたときに、ドーパミンから合成されるのがノルアドレナリンです。
ノルアドレナリンは、セロトニンとは逆に自律神経の交感神経を活性化するので、心拍数や血圧を上げて、体を活動モードにする働きがあります。
意欲や集中力を高めるので心の健康には重要な物質ですが、過剰になっても不安感やイライラの原因になります。
自律神経は、交感神経と副交感神経が常に4対6程度の割合で働いていて、どちらかが優位になることで活動モードとリラックスモードをつくり出します。
ですから、セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンといった神経伝達物質は、どれが不足しても、心と体の健康を維持することができません。
鉄は、自律神経のバランスをとるためにも欠かせないミネラルのひとつなのです。
5. 肝臓の解毒作用を助ける
肝臓には、「タンパク質の合成と栄養の貯蔵」「有害物質の解毒」「胆汁の合成」という3つの働きがあります。
この中で、とくに鉄分が関与しているのは「有害物質の解毒」。
ビタミンやミネラルは、酵素をサポートする「補酵素」や「補因子」となって、三大栄養素の働きを助けますが、解毒作用に必要な酵素には鉄が欠かせません。
5-1. 解毒酵素シトクロムP450をつくる
「シトクロムP450」は、肝臓に多く存在する「CYP」と呼ばれる数十種類の酵素の総称で、
約500のアミノ酸とヘム鉄が合成されたタンパク質です。
脂肪酸の代謝やホルモンの合成などにも関与していますが、もっとも知られる働きは肝臓における解毒作用。
たんに「シトクロム」というと、生物の細胞内に存在するヘム鉄を含むタンパク質のことで、酵素ではありません。
「P450」は、これらの酵素と同様の構造をもっていたために、「シトクロム」という名がついています。
5-2. 肝臓への蓄積には注意
鉄分は過剰摂取に注意しなければいけません。
鉄は体内からほとんど排出されないために、内臓などに蓄積されます。
アルコールには肝臓に鉄を蓄えさせる作用があるのですが、肝臓に蓄えられた鉄はフェリチン(貯蔵鉄)になります。
鉄は錆びる(酸化する)性質が強いので、体内でフェリチンが増えすぎると活性酸素が増加します。
活性酸素の増加は、老化を進め、免疫力を低下させて、いろいろな病気の引き金に。
鉄はタンパク質以外にも、DNAや脂質などの様々な細胞構成成分の酸化を加速させるので、子供はとくに注意が必要。
子供が誤ってサプリを飲み、200mgの鉄を摂取して死亡した例もあります。
レバー類などには鉄分が多く含まれるので肝臓によいといわれますが、肝炎を起こしていると鉄が蓄積しやすいので、気をつけなければいけません。
6. 老化を予防する
鉄は、老化防止にも大きな効果を発揮しています。
ミトコンドリアや血液と深い関係があるのですから、細胞の老化を予防するのはもちろんですが、違う面でも全身の老化予防に大きなかかわりをもっています。
6-1. コラーゲンの合成に必須な鉄
肌の弾力やハリを保っているタンパク質の繊維として知られる「コラーゲン」。
実は、皮膚だけでなく、筋肉、血管、骨などで重要な存在となっています。
骨はコラーゲンとカルシウムが1:1で成り立っていることを知っている人は少ないかもしれません。
人体に存在するタンパク質の約30%がコラーゲンだといわれます。
ところが、コラーゲンは飲んでも塗っても体内でアミノ酸に分解されてしまうので、体内でつくるしか維持する方法がないのです。
コラーゲンはタンパク質ですから、体内で分解されたアミノ酸から再合成されますが、そのときに欠かせないのが鉄とビタミンC。
鉄は、ビタミンCと一緒に摂取すると、コラーゲン生成に効果的です。
6-2. 抗酸化酵素のカタラーゼをつくる
「カタラーゼ」は、消毒薬「オキシドール」で知られる過酸化水素水を水と酸素に分解する酵素として知られ、活性酸素の毒素を抑える作用が注目されています。
約500のアミノ酸からなるカタラーゼの合成には、鉄とマンガンが必須。
鉄とマンガンを一緒に摂取すると、体内の抗酸化作用を高めます。
鉄分に限ったことではなく、ビタミンやミネラルはお互いに影響し合って働くので、バランスよく摂取することが大事なのです。
まとめ
鉄分の欠乏は、世界で最も多い人間の栄養障害といわれ、世界人口の半分である30億人以上が鉄欠乏性貧血症だとされます。
日本では、成長期の子供、妊娠期や月経時の女性が不足しやすく、激しい運動をする人も注意が必要。
ところが、鉄分を摂取していても鉄欠乏性貧血を起こす場合があります。
これは、鉄の代謝が止まっていることが原因。
肝臓で鉄の代謝を促して鉄分過剰を防いでいるのは、へプシジンというホルモンなのですが、炎症があると肝臓からヘプシジンが放出されてしまい、鉄分が肝臓に蓄積されて活性酸素を増やすことになります。
ですから、貧血症状があっても体のどこかに炎症がある場合には、鉄サプリを摂取しないほうがいいのです。
鉄不足は、フェリチン値を測定すれば判断できます。
通常の血液検査ではヘモグロビン値しか測定しないので、機能鉄の量はわかっても貯蔵鉄の量はわかりません。
鉄分不足が疑われる場合は、オプションでフェリチン値も測定しましょう。
【参考資料】
・『医者が教える「あなたのサプリが効かない理由」』 宮澤賢史 著 イースト・プレス 2018年
・『もっとキレイに、ずーっと健康 栄養素図鑑と食べ方テク』 中村丁次 監修 朝日新聞出版 2017年
・『これは効く!食べて治す 最新栄養成分事典』 中嶋洋子 監修 主婦の友社 2017年
・大正製薬
・資生堂