「保湿剤」という言葉を聞いて美容や化粧品をイメージする人と、皮膚科や医薬品をイメージする人がいますよね?
保湿剤によるスキンケアは、美容に欠かせない要素であるとともに、アトピー性皮膚炎などの治療にも欠かせないものです。
医薬品の保湿剤と化粧品の保湿剤は、どこが違うのでしょう?
皮膚科で処方され、薬局でも売られている保湿剤の「ワセリン」は、ナチュラルスキンケアのアイテムとして昔から知られています。
最近は、医薬品の保湿剤である「ヒルドイド」を美容目的で使うことが、社会問題になって注目されました。
スキンケア化粧品の保湿剤として配合されるセラミドやコラーゲンは、皮膚科の治療の一環としても利用されます。
ここでは、医薬品と化粧品の代表的な15種の保湿剤をピックアップして、特徴や性質を解説します。
目次
1. 医薬品の保湿剤
1-1. コーティングタイプ
1-1-1. ワセリン
1-1-2. プラスチベース
1-2. 保水タイプ
1-2-1. ヘパリン類似物質製剤
1-2-2. 尿素製剤
1-3. 保湿剤として使われることがある製剤
1-3-1. アズノール軟膏・亜鉛華軟膏
2. 化粧品の保湿剤
2-1. 化学合成系の保湿剤
2-1-1. グリセリン
2-1-2. BG
2-1-3. DPG
2-1-4. ソルビトール
2-2. 生体成分系の保湿剤
2-2-1. セラミド
2-2-2. コラーゲン
2-2-3. ヒアルロン酸
2-2-4. エラスチン
2-2-5. コンドロイチン硫酸
2-2-6. グルコサミン
1. 医薬品の保湿剤
医薬品の保湿剤は、アトピー性皮膚炎、乾燥肌などの治療や予防に用いられます。
アトピー性皮膚炎はアレルギー性疾患ですが、皮膚のバリア機能が喪失することによる乾燥肌が、大きな影響を及ぼすことがわかっています。
ですから、皮膚の乾燥を防ぎ、バリア機能を回復させる保湿ケアは、治療のひとつとして重視されます。
保湿のメカニズムについては「10分でわかる「保湿」-肌の保湿メカニズムと保湿成分の種類」の記事もぜひご参考にされてください。
保湿剤の働きは、大きく分けて2つあります。
油分で皮膚をコーティングして皮膚の水分蒸発を防ぐことと、水分を保持して角層に水分を与えることです。
医薬品の保湿剤は、この2つの働き方によって分類されます。
1-1. コーティングタイプ
コーティングタイプの保湿剤は、皮膚の表面に油膜をつくって水分蒸発を防ぎます。
この保湿効果は、「エモリエント効果」と呼ばれます。
1-1-1. ワセリン
コーティングタイプで代表的なものが、「ワセリン」です。
ワセリンは、石油から得られる白色、または淡黄色のゼリー状物質で、炭素と水素だけで構成される炭化水素という化合物です。
「ワセリン」とは本来、商品名で、工業分野では「ペトロラタム」が正式名です。
中性で匂いもなく、きわめて酸化しにくいという特性があるので肌を傷めず、様々な軟膏や化粧品の基材として用いられます。
ワセリンは純度の違いから3種類あり、純度の低いものから、「白色ワセリン」「プロペト」「サンホワイト」となっています。
純度が高いほど肌にやさしい性質で、劣化しにくく、のびがいいので使いやすくなります。
中でも「プロペト」は、より刺激性を抑え、べとつきをなくして使いやすくなっているので、赤ちゃんにも安心して使えます。
もっとも高品質の「サンホワイト」は保険が適用されず、医師が処方できないので価格が高めになります。
「ワセリン」は、薄く肌に伸ばすことによって高い保湿効果を発揮し、石けんで落とす必要もありません。
「プロペト」や「サンホワイト」は目に入っても安全なので、目のキワまで保湿することができます。
1-1-2. プラスチベース
「プラスチベース」は、「ワセリン」と同じく炭化水素系の油ですが、「流動パラフィン」とも呼ばれる「ミネラルオイル(鉱物油)」95%に、「ポリエチレン樹脂」5%を加えたものです。
ミネラルオイルはベビーオイルそのものですから、刺激性がとても低く、サラッとした感触が特徴です。
「ワセリン」が硬くて塗りにくいとか、べとついて苦手だという人に向いています。
「プラスチベース」も、目に入っても安全なので、目のキワまで保湿することができます。
1-2. 保水タイプ
角層で水分を保持する保湿効果は、「モイスチャー効果」と呼ばれます。
水分保持を助ける保水タイプの保湿剤には、「ヘパリン類似物質製剤」と「尿素製剤」があります。
保水タイプの保湿剤には、軟膏、クリーム、ローションなどの剤型があります。
乾燥しやすい冬場や、しっかり保湿したいときには軟膏やクリームが適しており、夏場や広範囲に塗るとき、頭皮に使用するときには、べたつかず早く塗れるローションが適しています。
クリームタイプは、油分と水分を混ぜてつくられていますが、この「乳化」には2つの方法があります。
ひとつは、水中に細かい油の粒が分散しているもので、「O/W型」と呼ばれます。
O/W型には、肌に浸透しやすい、テカりが少ない、のびがいい、水となじみやすいという特徴があります。
もうひとつは、油中に細かい水の粒が分散しているもので、「W/O型」と呼ばれます。
W/O形は、O/W型と反対の特徴をもっており、少々テカりがあってべたつきますが、肌の上に残りやすいという性質があります。
1-2-1. ヘパリン類似物質製剤
最近、話題になった「ヒルドイド」は、ヘパリン類似物質製剤の代表的な保湿剤です。
ヘパリン類似物質製剤は、持続的な保湿効果が特徴です。
ヘパリンとは、血管壁に多く存在して血液の凝固を阻止する作用をもつ体内物質です。
ヘパリン類似物質製剤は、ヘパリンと似た成分で、保湿効果以外にも抗炎症作用や血行促進作用があるので、アトピー性皮膚炎などの治療に処方されます。
「ヒルドイド」には、O/W型の「ヒルドイドクリーム」「ヒルドイドローション」、W/O型の「ヒルドイドソフト軟膏」などがあります。
「ヒルドイド」は古い製剤なので、後発のジェネリック医薬品で「ビーソフテン」や「ヘパリン類似物質油性クリーム」、「ヘパリン類似物質ローション」などがあります。
しかし、これらの保湿剤は医師が処方する薬剤なので、「ヒルドイド」で問題になったように美容目的で常用することはできません。
そこで、ヘパリン類似物質製剤の市販薬として、「Saiki(さいき)」、「HPローション」などが登場しました。
1-2-2. 尿素製剤
尿素製剤は、体内でタンパク質が分解して生成される尿素を配合した軟膏やクリームで、「ケラチナミン」や「パスタロン」、「ウレパール」が代表的なものです。
水を保持して角層に水分を与える作用はヘパリン類似物質製剤と同じですが、角質を溶かしてはがす「角質融解作用」があるので、顔よりも手足のように皮膚が厚い部分に適しています。
乾燥の強くなっているところや、赤みがあるところなどに塗るとしみるので、注意が必要です。
ジェネリック医薬品として、「アセチロールクリーム」「ウリモックスクリーム」「ベギンクリーム」「ワイドコールクリーム」「尿素クリーム」などがあります。
市販品では、「ウレパールプラスクリーム」「ウレパールプラスローション」「ケラチナミンコーワクリーム」「パスタロンソフト軟膏」などがあります。
1-3. 保湿剤として使われることがある製剤
医薬品の中には、本来は保湿剤ではなくても、保湿効果をもつことから保湿剤として用いられるものもあります。
1-3-1. アズノール軟膏・亜鉛華軟膏
やけどや湿疹などの治療に用いられる「アズノール軟膏」には、抗炎症作用のある「アズレン」以外に「ワセリン」も配合されているので、保湿目的で処方されることがあります。
べとつくので外出時には気をつかいますが、高い抗炎症作用と、皮膚の保護や再生には定評があります。
酸化亜鉛が主成分の「亜鉛華軟膏」は、皮膚から浸出液が出ているときに患部をバリアする目的で用いられます。
白色軟膏と流動パラフィン(ミネラルオイル)が基材なので、強い皮膚保護作用があり、保湿剤としても処方されます。
2. 化粧品の保湿剤
医薬品の保湿剤は、肌の状態や症状によって、指定された量を使い分けるものですから、一定期間以上の使用は好ましくないものが多くなっています。
その点、化粧品に用いられる保湿剤は、安心して日々のスキンケアに使うことができます。
化粧品に用いられる保湿剤には、合成由来のものと生体成分由来のものがあります。
2-1. 化学合成系の保湿剤
ほとんどのスキンケア化粧品は、「水性成分」「油性成分」「界面活性剤」という3つのベース成分が70~90%を占めており、保湿剤は水性成分の主成分です。
ベース成分となっている保湿剤は、水によく溶けて皮膚になじみやすいという特徴がありますが、肌に浸透するのではなく表面に付着するだけなので、吸湿性には優れるものの、外気が乾燥していると含んでいる水分を蒸発させてしまいます。
そこで、ヒアルロン酸やコラーゲンなど皮膚に浸透しやすい生体系保湿剤と併用することによって、保湿効果を高めます。
「グリセリン」「BG」「DPG」は、保湿御三家ともいわれる代表的な保湿剤で、すべて「多価アルコール」というアルコールの一種です。
2-1-1. グリセリン
グリセリンは、動植物油脂から石けんをつくる際の副産物を精製してつくられていましたが、現在ではほとんどが化学合成でつくられています。
無色無臭の粘り気がある液体で、合成系の中では吸湿性と保水性がもっとも高い保湿剤です。
肌にしっとりとした感触を与えますが、外気が乾燥していると皮膚の水分まで蒸発させてしまうリスクがあります。
薬局などで入手できるので、手づくり化粧品の保湿剤としてもよく使われます。
水と混ざると発熱する性質があるので、温感化粧品には大量に配合されています。
2-1-2. BG
BGは、医薬部外品では「1,3-ブチレングリコール」と呼ばれる多価アルコールで、穏やかな吸湿性と低刺激で、菌が育ちにくい環境をつくる防腐作用が特徴です。
グリセリンよりもサラッとしていて、べとつかない感触です。
2-1-3. DPG
DPGは、医薬部外品では「ジプロピレングリコール」と呼ばれる多価アルコールで、BG同様にサラッとした感触でべとつかず、防腐作用も高いのが特徴です。
防腐剤フリーをうたった化粧品は、だいたいBGやDPGの防腐作用を利用しています。
肌の上でスーッとのびる感触があるので、使用感にこだわった化粧品にはよく配合されます。
2-1-4. ソルビトール
「ソルビトール」や「マルチトール」などの糖類も、水を引き寄せてゆるく結合し、蒸発を防ぐので、保湿剤として用いられます。
こうした糖類は、乾燥している場所や、逆に湿気が多い場所で、水分を一定に保つ働きに優れています。
2-2. 生体成分系の保湿剤
美容皮膚医療が注目されるようになった近年は、生体成分と同じか、類似の保湿剤が多用されるようになりました。
皮膚の保湿メカニズムが解明されるにつれて、「セラミド」「コラーゲン」「ヒアルロン酸」「エラスチン」といった保湿成分の働きが指摘され、バイオテクノロジーの進歩によって、安全で保湿性の高い生体成分系の保湿剤が化粧品や医療に利用されています。
生体成分系の代表的な保湿剤を解説しましょう。
2-2-1. セラミド
セラミドは、角層で何層にも重なる角質細胞の間を埋めている細胞間脂質の主成分です。
強い保水作用があって、皮膚から蒸発する水分をつなぎとめています。
セラミドには多くのタイプがあり、「セラミド1」「セラミド2」のようにナンバリングされていて、高い保湿作用以外にも、バリア機能の改善、代謝の活性化、常在菌のバランスを整えるといった作用をもつものがあります。
化粧品の保湿剤として使われているものは、4種に大別されます。
「天然セラミド」は、動物の脳や脊髄から得られる動物由来のセラミド類似物であり、「植物性セラミド」は、植物由来のセラミド類似物です。
「ヒト型セラミド」は、体内に存在するセラミドの類似物を酵母からつくったものです。
「合成セラミド」は、セラミドとよく似た構造の合成物で、「疑似セラミド」とも呼ばれます。
2-2-2. コラーゲン
コラーゲンは、角層などがある「表皮」の下に位置する「真皮」と呼ばれる部分で、弾力を保っているタンパク質の線維です。
そのほか、骨や血管、関節にも存在しています。
真皮は、コラーゲンが網目状に広がり、そのところどころを「エラスチン」という繊維が補強し、すき間を「ヒアルロン酸」というゼリー状の物質が埋めています。
動植物や魚から抽出したコラーゲンにはアミノ酸が多く含まれており、高い保湿効果だけでなく、皮膚や髪の表面で保護膜をつくる働きがあります。
保湿剤のコラーゲンは、かつて、牛または豚の皮膚、骨、軟骨、胎盤などから抽出されていましたが、BSE問題以来、植物由来や海洋性のコラーゲンが多用されています。
コラーゲンそのものは水に溶けにくいため、化粧品には、水に溶けやすくした可溶性の「アテロコラーゲン」にして配合します。
2-2-3. ヒアルロン酸
ヒアルロン酸の保水力は凄まじく、1グラムで6リットルの水を保持することができるといわれています。
そのために、少量を配合したたけで溶液はドロッとした感触になります。
天然のヒアルロン酸は、主にニワトリのトサカから抽出されるので量産が難しく、化粧品に多く配合されることはありませんでしたが、近年はバイオテクノロジーの進歩によって「バイオヒアルロン酸」が多量に生産できるようになりました。
なお、セラミド・コラーゲン・ヒアルロン酸については「3つの保湿成分で乾燥肌対策-乾燥のしくみを理解して保湿ケア」という記事でも詳しくご紹介しています。
2-2-4. エラスチン
エラスチンは、コラーゲンと同じ繊維状タンパク質で、水に溶けにくい性質をもっています。
真皮にも存在しますが、靭帯や血管に多く含まれています。
かつては牛の首の腱から抽出されていましたが、やはりBSE問題の影響により、現在は豚や魚から得られるものが保湿剤に利用されています。
コラーゲンと同じように、化学処理して可溶化する必要があります。
2-2-5. コンドロイチン硫酸
「コンドロイチン硫酸」は、軟骨の中で水分を保持しており、関節の動きを滑らかにする働きがあります。
化粧品には、哺乳類や魚類の軟骨から得られた成分を保湿剤として利用します。
コンドロイチン硫酸は、ヒアルロン酸と同じく水に溶けて粘質液をつくる「水溶性高分子」なので、保湿作用だけでなく、滑らかな使用感を与える触感調整剤として、スキンケア化粧品だけでなくメイク化粧品まで幅広く利用されています。
2-2-6. グルコサミン
「グルコサミン」は、「キトサン」とも呼ばれる代表的な天然のアミノ酸です。
体内でブドウ糖を原料にしてつくられる「アミノ糖」という物質で、コンドロイチン硫酸やヒアルロン酸の原料になることから、保湿剤として利用されます。
一般的なグルコサミンは、エビやカニの殻に多量に含まれている「キチン」という物質を原料にしてつくられていますが、エビやカニのアレルギーがある人も安心して使える微生物由来のグルコサミンもあります。
まとめ
化粧品に配合される生体成分系の保湿剤には、表皮でセラミドとともに保水している「天然保湿因子」の中に存在する、アミノ酸、PCA(ピロリドンカルボン酸)、乳酸塩、尿素などもあります。
皮膚の保湿ケアは、医療においても美容においても重要なものですから、長年の研究が続けられ、数えきれないほどの保湿成分が利用されています。
しかし、大事なことは、保湿の方法が、「皮膚のコーティング」と「角層の保水」の2つであるということです。
コーティングは、油分が毛穴に入って酸化すると肌トラブルの原因になるため、酸化しにくいワセリンを超える保湿剤がありません。
そのほかの保湿剤、保湿成分は、すべて角層の保水を追求したものだといえます。
これは、常に皮膚から蒸発し続ける水分を、いかにしてつなぎとめるかということに、ほかなりません。
しかも、美容成分が浸透するのは、表皮のもっとも外にある、厚さわずか0.02ミリしかない角層の範囲だけと法律で定められているのです。
そう考えれば、セラミドの優位性が見えてきます。
さらに、保湿剤だけで実際の保湿効果は判断できません。
どのようにして保湿成分を角層に浸透させられるかという大問題があるのですが、その解説は別の記事に任せることにしましょう。
【参考資料】
・『コスメティックQ&A辞典』 中央書院 2011年
・『化粧品成分表示のかんたん読み方手帳』 永岡書店 2017年
・『アトピー性皮膚炎』 論創社 2016年
・マルホ web site
https://www.maruho.co.jp/medical/hirudoid/moisturizer/
・小林製薬株式会社 web site
https://www.kobayashi.co.jp/brand/saiki/heparin/