「界面活性剤」という言葉を耳にしたことがある人は多いでしょう。
では、界面活性剤と言われたら、何を思い浮かべますか?
石けん?
洗剤?
化粧品?
柔軟仕上げ剤?
アイスクリーム?
上記のように答えた人は、全員正解です。
私たちに身近な界面活性剤には、さまざまなものがあります。
界面活性剤を使って作られる製品も実に多様です。
でも、さっき挙げたアイテムを見ても、共通点がわかりにくいですよね。
身近に使われていながら、意外と知らない界面活性剤の性質や特徴などについて紹介します。
目次
1. 界面活性剤ってどんなもの?
1-1. 混ざらない液体を混ぜる働き
1-2. 界面活性剤で水と油が混ざる理由
1-3. 界面活性剤と乳化とエマルション
1-3-1. エマルションの種類
1-3-2. 界面活性剤とエマルションの型の関係
1-3-3. エマルションの特徴
2. 界面活性剤の歴史
2-1. 人がつくる界面活性剤の誕生
2-2. 固形石けんの登場
2-3. 硬い石けんの登場
2-4. 工場で石けんが作られる時代へ
3. 界面活性剤のさまざまな働き
3-1. 汚れを落とす
3-2. スキンケアを助ける
3-3. 食品を作る
3-4. 植物を育てる
3-5. 医薬品の吸収を助ける
1. 界面活性剤ってどんなもの?
石けんや洗剤には、「汚れを落としてものをきれいにする」という共通点があります。
だから、「界面活性剤とは汚れを落とすもの」と思うかも知れません。
でも、化粧品や柔軟仕上げ剤には、こうした働きはありません。
化粧品や柔軟仕上げ剤まで含めると、共通するものを見つけるのは難しくなります。
そもそも、界面活性剤とはどんなものなのでしょうか?
界面活性剤の定義は、「1つの分子が水になじみやすい部分と油になじみやすい部分からできていて、2つの分子の界面に集まりやすい性質を持ち、その界面の性質を著しく変える物質」(『図解 やさしくわかる界面化学入門』より引用)となっています。
定義を見ても、どんな働きをするのか、ピンと来ませんよね。
こうした性質を持つ界面活性剤の働きの特徴を説明します。
1-1. 混ざらない液体を混ぜる働き
反発し合って仲が悪い、異質でとけ合わないことを表す言葉に、「水と油」があります。
実際、水に油を加えると、いくら混ぜても水に油が浮いてしまって混ざりません。
この混ざらないはずの水と油を混ぜる働きを持つのが界面活性剤です。
界面活性剤には、本来混ざらないはずの液体を仲良くさせて、混ざり合うようにする働きがあるのです。
1-2. 界面活性剤で水と油が混ざる理由
ここで、先に紹介した界面活性剤の定義を見直してみましょう。
注目ポイントは、「1つの分子が水になじみやすい部分と油になじみやすい部分からできていて」という部分です。
ここに本来なら混ざらない水と油を混ぜる秘密があります。
親水基と親油基
界面活性剤のひとつの分子にある水になじみやすい部分を「親水基」、油になじみやすい部分を「親油基」と呼びます。
水と油を同じぐらいの量ずつコップに入れると、水の層と油の層ができます。
このコップの中身をいくらかき混ぜても、少し時間が経つと、再び2層に分かれてしまいます。
この2つの層の境界となる部分(面)を「界面」と呼びます。
ここに界面活性剤を入れて、かき混ぜてみましょう。
界面活性剤は、親水基を水分子に向け、親油基を油分子に向けて、水と油をつなぎ止めてしまうのです。
1-3. 界面活性剤と乳化とエマルション
界面活性剤の親水基と親油基によって水と油が結びつけられると、どんなことがおこるのでしょうか?
水と油は混ざった状態になって、液体の色が乳白色になります。
こうした現象を「乳化」と呼びます。
乳化によってできた乳白色の液は「エマルション」、あるいは「乳濁液」と呼ばれています。
1-3-1. エマルションの種類
エマルションには2つの種類があります。
水中油滴型(O/W型)
O/W型エマルションの代表としては、水の中に脂肪の小さな粒(脂肪球)が浮いている牛乳が挙げられます。
油中水滴型(W/O型)
W/O型エマルションの代表としては、脂肪の中に小さな水の粒が分散しているバターが挙げられます。
1-3-2. 界面活性剤とエマルションの型の関係
エマルジョンにはふたつの型がありますが、どちらができるかを決めるのには複数の要因があります。
その中でも、特に重要なのが界面活性剤の種類です。
基本的には、水と結びつきやすい親水性の大きな界面活性剤を使うとO/W型が、脂と結びつきやすい親油性の大きな界面活性剤を使うとW/O型ができやすくなります。
O/W型は水が外側にあるので、電気が通りやすいという特徴があります。
一方のW/O型は油が外側にあるので、電気が通りにくくなります。
1-3-3. エマルションの特徴
実はエマルションは本来、不安定なものです。
油とお酢に塩などを加えて作るドレッシングも、エマルションのひとつです。
ドレッシングで界面活性剤として働いているのは塩になります。
ドレッシングの入った容器をよく振ると、乳化して油とお酢が混ざります。
でも、振ってから時間が経つと油とお酢の層に分離してしまいますよね。
このように、エマルジョンは「いつかは水と油に分かれてしまうもの」なのです。
エマルションが水と油に分離してしまうことを「エマルションの崩壊」と呼びます。
O/W型のエマルションの崩壊の過程は、3つに分けられます。
クリーミング
O/W型のエマルションでは、多くは油滴の比重が軽いため、油滴は上に集まってクリーム状になります。これを「クリーミング」と呼びます。
クリーミングの状態では、軽く振れば水と油は混ざってエマルジョンに戻ります。
凝集
クリーミングで油滴が集まると、粒子同士がくっつきます。
この状態が「凝集」です。
合一
凝集した粒子の間にある界面活性剤(乳化剤)の膜が破れると、油の粒子同士がくっついてしまいます。
これを「合一」と呼びます。
油の粒子が合一して大きくなっていくと、最終的には水と油は分離するのです。
2. 界面活性剤の歴史
私たちの身近なところで多くの界面活性剤が活躍していますが、最も古い界面活性剤は何でしょう?
それは「石けん」だと考えられています。
石けんの歴史を遡ると、古代ローマ時代の初期、紀元前3000年ごろ、「サポー」と呼ばれる丘の神殿で見つかった「汚れが落ちる不思議な土」にたどり着きます。
この汚れが落ちる不思議な土は、ここで行われていた宗教行事によってできたものとされています。
当時の神殿では、羊を焼いて神に供える風習があったそうです。
そのとき、焼かれた羊の油がしたたり落ちて、灰と混ざりました。
油と灰が混ざったものが雨に流されて川底に溜まり、自然に石けんっぽいものができたと考えられています。
石けん(soap)の語源は、この丘の名前、サポーに由来するとされています。
2-1. 人が作る界面活性剤の誕生
界面活性剤の歴史は、石けんの歴史と言えます。
はじめは、自然にできた「汚れが落ちる不思議な土」を石けんとして利用していましたが、やがて人間は自分の力で石けんをつくるようになります。
紀元50年ごろ、今のフランスの当たりに住んでいたガリア人は、動物の脂肪と木炭から石けんを作っていたという記録が残っています。
記録には、現在の石けんに繋がる作り方についても記されています。
それは、動物の脂肪と木炭に塩を加えて、やや硬い石けんを作るという方法です。
2-2. 固形石けんの登場
固形の石けんが作られるようになるのは、7世紀に入ってからです。
これはアラビア人が作ったもので、木炭汁に石灰を加えたもの(=アルカリができる)に、油脂を加えて煮て作られていました。
この技術がヨーロッパに伝わって、8世紀になるとイスパニア(現在のスペイン)やイタリアで石けんを作る業者が現れるようになります。
このころに多く作られていたのは、動物性脂肪と木炭を使った柔らかい石けん、「軟石けん」です。
2-3. 硬い石けんの登場
8世紀ごろに作られていた「軟石けん」には、問題点もありました。
それは動物性脂肪を使っているため、不快な臭いがすることでした。
こうした問題点を解決する新しい石けんが12世紀の地中海地方で生み出されます。
それがオリーブオイルと海藻の灰で作る「硬い石けん」です。
ところで石けんの硬さを左右するものは何でしょう?
それはアルカリの種類です。
木炭に含まれるアルカリは炭酸カリウム(化学式はK2CO3)、海藻に含まれるアルカリは炭酸ナトリウム(化学式はNa2CO3)です。
この違いが石けんを柔らかくしたり、硬くしたりしているのです。
2-4. 工場で石けんが作られる時代へ
14世紀ごろになると、イギリスやドイツなど、ヨーロッパ各地に石けん工場が作られるようになります。
アメリカでも、17世紀初頭には石けんが作られるようになっています。
石けんの工業化のトピックとしては、1779年のグリセリンの発見、1811年の油脂成分の解明が挙げられます。
特に重要なのが油脂成分の解明で、フランス人のミシェル・ユージェヌ・シュブールという人が、油脂が脂肪酸という物質と、グリセリンという物質が結合してできていることを発見しました。
これが石けんの工業化の始まりと言われています。
3. 界面活性剤のさまざまな働き
現在では、石けん以外にも、さまざまな界面活性剤が私たちの身近なところで活躍しています。
ここでは界面活性剤の持つ多彩な機能のうち、私たちの生活に深い関わりを持つ5つを紹介します。
3-1. 汚れを落とす
石けんはそれ自体が界面活性剤ですが、食器用洗剤、衣料用洗剤、住宅用洗剤、シャンプーなどにも界面活性剤が使われています。
汚れを落とす働きを持つのは、水に溶けるとマイナスイオンになる「アニオン界面活性剤」と呼ばれるものです。
実は石けんもアニオン界面活性剤です。
泡と界面活性剤
石けんなどをこすると泡が立ちますが、この泡も界面活性剤によってできています。
水だけをかき混ぜると、できた泡はすぐに消えてしまいます。
界面活性剤があると、空気のかたまり(気泡)のまわりを、界面活性剤を含む液体の薄い膜が覆うため、泡は消えずに残るようになるのです。
こうした界面活性剤の働きを「起泡性」と呼びます。
3-2. スキンケアを助ける
スキンケアアイテムには多くの界面活性剤が使われています。
洗顔料やクレンジングだけではなく、化粧水、乳液、クリームにも界面活性剤が入っているのです。
3-2-1. 乳液
一番、わかりやすく界面活性剤が使われているのが乳液です。
乳液は、水の中に油の粒が乳化して溶け込んでいます。
科学的に言うと、乳液はO/W型のエマルションなのです。
3-2-2. クリーム
クリームも界面活性剤によって作られたエマルションなのですが、タイプがふたつに分かれます。
さらっとしていて軽い感触のクリームはO/W型エマルションで、保湿クリームなどに多く見られます。
油分が多いわりにベタつかず、潤滑剤の役割をするクリームはW/O型エマルションで、マッサージクリームとして使われるコールドクリームや、化粧品を落とすクレンジングクリームなどに多く見られます。
3-2-3. 化粧水
化粧水は乳白色ではなく、透明なものがほとんどです。
ですが、実は化粧水も、界面活性剤を使って、水と油を混ぜて作られています。
界面活性剤をある濃度以上にすると、油や香料などを閉じ込めた「ミセル」と呼ばれる小さくて緩やかな塊(分子集合体)をつくります。ミセルはとても小さいため、光に当たっても反射せず、透明に見えるのです。
こうした現象を「可溶化」と呼びます。
3-3. 食品を作る
食品の中には、人が手を加えていない、天然のエマルションがあります。
代表的なものが牛乳です。
牛乳は、水の中に脂肪の粒が分散しているO/W型エマルションなのです。
天然のW/O型エマルションの代表としては、バターが挙げられます。
一方で、人が界面活性剤の力を生かして作る食品もあります。
3-3-1. アイスクリーム
乳化剤として界面活性剤を使ったO/W型エマルションです。
乳化剤の働きで気泡が保たれて(起泡性)、なめらかな口溶けとなります。
乳化剤にはべとつかずになめらかさを保つ働きもあります。
乳化剤として使われているのは、天然レシチン、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルなどです。
3-3-2. マヨネーズ
食用油とお酢がおもな材料のO/W型エマルションです。
卵黄に含まれるタンパク質(レシチン)が、乳化剤(界面活性剤)として働いています。
マヨネーズは10℃〜30℃の状態で乳化が安定します。
この温度より高くても、低くても分離しやすくなるので、保管するときは直射日光が当たらない場所におくとよいでしょう。
3-4. 植物を育てる
意外かも知れませんが、植物を生き生きと育てるためにも、界面活性剤が利用されています。
害虫や病気などから植物を守る殺虫剤、殺菌剤、除草剤などを総称して農薬と呼びます。
農薬が効果を発揮するには、その薬剤が雑草や育てる植物に均一に散布される必要があります。植物の表面は、構造によって「ぬれにくいもの」と「ぬれやすいもの」に分かれます。ぬれにくい植物の表面を均一に濡らして浸透するようにするために界面活性剤が使われているのです。農薬が浸透しやすくなると、雨に流されにくくなって、効果を長続きさせることができます。
3-5. 医薬品の吸収を助ける
医薬品にもおよそ100種類の界面活性剤が使われています。 医薬品に使われる界面活性剤はいくつかの役割を持ちます。
分散と安定化
薬は、その製品に形を与えるために使われる薬の効能は持たない基剤に、薬としての効能を持つ薬剤を混ぜて作られています。 薬剤には、水に溶けにくい難溶性のものもあります。
こうした薬剤も界面活性剤と混ぜて細かく砕けば、水に溶けるようにできます。
界面活性剤があるおかげで、基剤の中に微細化した薬剤を散らばらせて(分散)、安定した状態にする(安定化)ことができるのです。
ドラッグデリバリーシステム(DDS)
最近注目されている薬のしくみに、DDSがあります。
これは、「必要なときに必要な量の薬剤を、必要とする部位に到達させる」ためのしくみで、正常な細胞にもダメージを与えるリスクがある抗がん剤などで使われています。
DDSを可能としているのが、界面活性剤を使ったエマルションです。
まとめ
界面活性剤は、目には見えなくても、私たちの身近なさまざまな場面で使われています。
それは石けんや洗剤、シャンプーなど、汚れを落とすものだけにとどまりません。
化粧品や医薬品、食品はもちろん、紙やプラスチックなどにも利用されています。
界面活性剤はものを溶かしたり、薬品などを分散させたり、汚れを落としたり、エマルションを作ったりと、さまざまな働きを持ちますが、石けんなどを除くと、私たちの目に見えないことがほとんどです。
縁の下の力持ち、それが界面活性剤なのです。
【参考資料】
前野昌弘『図解 やさしくわかる界面化学入門』(日刊工業新聞社、2014年) 阿部正彦・坂本一民・福井寛『トコトンやさしい界面活性剤の本』(日刊工業新聞社、2010年)