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Vol.17 風水の知識と密教の法力でディープなお悩みに応える-その①

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vol.17金寄先生金寄泰衍 (かなよりたいえん)

プロフィール
環境プランナー、風水セラピスト、心理カウンセラー、インテリアセラピスト、風水環境システム研究所所長、宇宙派風水気功会日本支部支部長、元NHKカルチャー大阪・青山・光が丘風水学講師。 1951年大阪生まれ。1974年大阪芸術大学環境計画学科卒業。

大学にて、生態学的地域計画・都市計画・ランドスケープデザイン・インテリアデザインなどの西洋の環境デザインを学ぶ中で、東洋の環境思想「風水」に出会い独自に研究を始める。心理療法と環境デザイン、そして風水を統合したインテリアセラピーを開発。風水環境システム研究所を設立、個人鑑定から企業コンサルティング、講演、執筆、及び環境デザインの企画提案と実施を行なっている。

著書『金寄泰衍の風水学校―いま本物を伝える時が来た』『仕事が活きる 男の風水』(ともに祥伝社)など。

主な占術方法:風水、オリジナルの東洋占術

 

目次

~風水の知識と密教の法力でディープなお悩みに応える-その①~

中国から伝わり日本で育まれた風水を検証して
運命に導かれるように「風水」の道へ
平成の風水ブームがもたらした功罪
阪神淡路大震災を機に風水師のキャリアがスタート
霊的な相談事が増えて……

 

中国から伝わり日本で育まれた風水を検証して

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――靖水から泰衍に、いつ改名されたのですか?

金寄 以前、趣味で琵琶をやっていまして、「靖水」は琵琶の号なんです。風水師っぽいと思い、94年くらいから使っていました。しかし、だんだんキツい内容の依頼が増え、「靖水」では負けるということで、4年ほど前、「泰衍」に改名したのです。過去の著書は全部金寄靖水ですが、ブログやS N Sは全部泰衍に変えました。

來夢 この連載は、「ライター占い師」ではなく、日々実占なさっている人にお会いして、お話をおうかがいする企画です。今回は、風水師である金寄先生の活動のコンセプト、この道を志すことになった原点、金寄先生がなさっている風水環境システムなど、ざっくばらんにお聞きできたらと思います。

金寄 その前に、この部屋の氣を整えようかと思います。「氣を見る」というと、みんな言いたい放題じゃないですか。「ええかげんなやつ」はいっぱいおります。確かに氣を見るのは特殊な能力かもしれませんが、氣を感じるのは誰でも感じる。

來夢 (拍手)

金寄 二十数年前、「どうしたらみんなが氣をわかるようになるのか」と考えたとき、知り合いの心理学の先生がO-リングテストを教えてくれて、「これは使える」と思いましたので、それ以来、みんなが見えなくて自分には見えているものが本当かどうか、O-リングテストで全部検証していくことをやっています。(実際に氣を整える)はい、氣が整った。乱れた氣はあの柱からです。柱には鉄筋が入っていますから、鉄筋を伝わって地下から上がってくるんですよ。

――地下に何か?

金寄 土地には固有の振動があって、建物を建てるとき、杭や鉄筋が共振するんです。それが柱の鉄筋を伝わって上がってくるとき、ひずむのです。どこでひずむかはよく見ないとわかりませんが。

――この下を地下鉄が通ってるんですよ。

金寄 それかもしれません。東京は多いですよね。どうしても雑多な氣が上がってきます。そこで、氣のツボというポイントがあるので、そのポイントを結んでいくと、このフロア全体に結界のようなフィルターが張られるんです。

來夢 邪気を受けてしまう人はいますよね。落ち着いて仕事ができないとか、集中できないとか。

金寄 受けますよ。ちなみに、家の方位を見ると、氣が乱れている方位と、主人の生年月日とが連動するのがわかるんです。日支。十二支ですね。なぜ十二支かというと、天干地支なんです。

來夢 寅で始まり、申で折り返す。

金寄 そう。だから、寅は始まりの方位であり、申は終わりの方位。陰陽が変わるラインなんです。夜と昼、彼岸と此岸、あの世とこの世ですよね。この変わり目のことを、中国では生門と呼びます。そして中国人にとって鬼は霊魂のこと。日本では、この変わり目を避ける。それが東北である丑寅の方位になる。

來夢 日本で育まれたものはたくさんありますよね。文化革命で、中国本土の大家はみんな台湾や香港、イギリスに逃げてしまって、張りぼてになってしまっているから。

金寄 さらに香港が中国に返還されることになり、カナダにも逃げてるんですって。こうして現在、中国には伝統的な風水師は少なくなりました。

運命に導かれるように「風水」の道へ

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金寄 私が風水を始めたのは、大学で環境計画を勉強したからなんです。もともと中学のときに登山部で。死にかけたことがいっぱいあります。

來夢 本格的な登山で?

金寄 そんな大したことじゃない。台風のあとに山に行くんです。すごい雨が降って道が変わってるでしょ。

來夢 はい。流れてたり。

金寄 それで、道に迷って「わからん」と思ったら、なぜか道筋が見えるんです。こっちに行けそうと思って行くと助かった、という経験がある。だから直感なんでしょうね。そのあと体調が悪くなったので、高校では美術部に入りました。そこで現代美術ばっかりやってたんです。理屈の美術ですね。

來夢 現代美術が。

金寄 大阪芸大に環境計画学科がありましてね。環境デザインとして何かできないかなと思って、大学は環境計画学科に入りました。そこでやったのは、エコロジーによる地域計画。それをアメリカ人の先生に教えてもらいました。でも、すごく疑問に思った。今はだいぶ変わりましたけど、アメリカ人は環境に対して偉そうなんですよ。「アメリカの環境学は支配的でおかしい。東洋にも環境思想があるんじゃないか」。そう思って本屋で探していたとき、『景観の構造』(樋口忠彦/技報堂出版)という本に出会いまして。その中に「風水思想」について書いてあったんです。

來夢 その本は中国の風水本ですか。

金寄 いえ、日本人が書いた景観分析の本です。学者の論文らしいのですが、東洋の環境思想は風水であり、景観は五行の思想によって作られている、その程度の説明でした。今読み返してみると、氣のことは書かれておらず、表層的ですけどね。でもそこからです、風水に興味を持ったのは。

來夢 風がどこから流れるかとか、風水は理にかなっていますよ。

金寄 ただその後、大阪では風水の先生もいないし、風水の本も手に入らない。東京だったら原書房があったかもしれないけど。

來夢 大阪で手に入らないという話、多いですね。あの時代。

金寄 でも、江戸末期と明治の頃は、大阪がもっとも出版社が多いんです。風水関係の本もいっぱい出版されてる。何冊か持ってますけど、ほとんど大阪の出版社なんです。東京はあんまり出版されてない。でも廃れたんでしょうね。こうして僕は20代で風水思想に出会い、風水に対する考え方はずっと捨てなかったものの、38歳になるまで何もできませんでした。大学を卒業すると、装飾会社に入って百貨店の装飾の仕事をやりました。そのあと26歳から37歳まで、大阪で10年間、親の店を継いだかたちで、喫茶店のマスターをやっていたんです。でも、まず喫茶店は儲からない。そして面白くない。有名人もかなり来てくれたんですけど、私にとって喫茶店の仕事は、せいぜいメニューを考える程度で、そこに哲学がなく、発展性がなかったんです。

來夢 そっか。毎日があまり変わらないというか、刺激がないというか。向いてる人にとっては大好きな仕事なのかもしれないけど。

金寄 私にとっては知的欲求に耐えられんのです。興味があっていろんなことを知りたいと思ってもそれを生かせないでしょ。

來夢 店にいないといけないから、時間に拘束されますしね。

金寄 それで、だんだん嫌になってきた。当時はまだ権利が売れましたから、店を売って。ちょうど友人が建築パースの会社を立ち上げたので、そこで働くことになりました。「もう一生パース屋でええか」と思ってたんですけど、またそこにいろんな誘いがくるんです。映像制作の会社から話があって、そっちのほうが面白そうだったので乗り換えました。過去の栄光ですが、昔、村上龍の「Ryu’s Bar気ままにいい夜」っていうテレビ番組があったでしょ。あのタイトルバックを作ったのは僕です。村上龍さんが絵コンテを描かれて、それを粘土細工で映像化したんです。

來夢 カクテルとかそんな感じだったような。

金寄 その後、大阪の毎日放送から「夏の怪談みたいな企画を挙げてくれ」という話が来たんです。それで、日常にある霊的なこと、超能力的な面白いことを探していたら、鍼灸師で霊術研究家だった井村宏次先生の本と出会いました。『サイ・テクノロジー 気の科学・気の技術』(工作舎)などを読むとすごく面白くて。それで出版社に問い合わせたら、連絡先を教えてくれたんですよ。

來夢 時代がまだ緩かった。その先生のところで学びだしたのが80年代後半?

金寄 そうですね。学び始めると面白くて面白くて。

來夢 やっぱり探し求めたものに会うと、スポンジが吸収するみたいな感じになるんですね。喫茶店の期間があっただけにね。

金寄 それで、氣の見方を教えてもらったり、セミナーなどに参加したり。それで能力的なところが少しずつ開いていった気はします。

來夢 当時、井村先生はおいくつだったんですか。

金寄 私より少し上の40代ですね。すごいヘビースモーカーで、「なんでそんなに吸うんですか」と聞いたら、「これは厄除けや。邪はたばこの煙を嫌うから逃げるんや」って。

來夢 まあいろんな人がそれなりに、シャーマンはたばこを吸うとか。じゃあ、そのときは映像のお仕事をなさりながら、一回りくらい上の先生のところへ通って、セミナーで学んで。

金寄 研究所にたむろしたり、そこに来る人たちといろんな話をしたり。そこで氣というのを学びました。それから、香港の唐先生という人を紹介してもらって、気功を教えてもらったんです。その先生にも風水の氣の見方を教えてもらいました。氣の見方はわかるようになったんですが、感じられないから、ヨーガ、太極拳、気功、山の中を走り回ったりと、いろいろやったんです。

來夢 本当に体得してみたんですね、いろんなものを。

金寄 そう。氣がわからないと風水は見られないから。

來夢 確かに。私が陰陽五行を話したクライアントさんが、気功とかをしだすと、私が言ってた意味がわかってきたなんてことをおっしゃる人がいます。先生の場合は気功を学んだらもっと深く学びたくなっちゃったってことよね。

金寄 はい。氣を操る方法ね。風水師を名乗る人はいるけど、ほとんど風水屋さんなんです。知識はあるけど実技ができない人が多い。やっぱりちゃんと氣がわからないと状況を変えられないことがわかっていたので、それで必死になってやりました。滝行をやってからちょっと見えるようになりましたね。

來夢 セミナーの中に滝行も入ってたんですか? 

金寄 滝行は、古神道の先生と知り合って、奈良の大神神社に一緒に行ってやりました。今はみんなが邪気を落としていくから、ひどい状態ですよ。「先達(注:修験道で登山の際に道案内をしたり修行作法したりする山伏)、きれいにしていけよ」と思うんだけど、最近の先達はちょっと能力不足の人多いみたいでね。

來夢 そういうのあるんだよ。例えば、日蓮宗の七面山もいろんな宗教団体が登るんだけど、みんな邪気を持ってくるから、あげるお経がすごく激しいの。そうじゃないと落ちないから、すごく力強いのよ。流さないと淀んじゃいますもんね。同じですよ。
先生は、やってきたことが全部つながって、どんなことも氣にまつわる先生と出会えて、とにかく氣が面白い、ようやくいろいろ学べると、いろんなことして。その動機は自分も氣を操りたいと。そう思って学んでいたわけだけども、映像の仕事は続けたのですか。

金寄 映像会社は、お家騒動があって、僕を引っ張ってくれた方が辞めたので、一緒に辞めることにしました。それで独立して自分で企画会社を作ったんです。そこで映像や企画を手掛けました。

來夢 じゃあ会社を自分でやりながら、とにかく学んで。

金寄 そのときに学んだのはトランスパーソナル系の心理学。そこでいろんなボディワークやブレスワークをやりましたね。あれも非常に役に立ってます。ところが、自分で始めた会社がどんどん傾くんよね。

來夢 そっちに傾倒すればするほど?

金寄 じゃなくて、大阪はソフトがただなんですよ。広告代理店に行くと、「ちょっとアイデアを出して」と言われるので出す。でもただなんです。

來夢 企画料をもらえない?

金寄 もらえない。大阪はものがないとだめなんですよ。優秀なプランナーが東京に来るのはそういうことですよ。

來夢 人材が育ちませんものね。でもそれって、先生が風水の道にいくために企画会社が傾いたんじゃないですか、要は。

平成の風水ブームがもたらした功罪

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金寄 ちょうどその頃、ありがたいことに、Dr.コパさんが登場してくれたおかげで、風水の本がいっぱい世の中に出たんです。ただ、コパさんの本を見たときに、この方は風水のことをよく知らないのかな、と思いました。

來夢 専門家は皆さんそう思いますよ。ただ、商業的に、あれだけ風水をメジャーに押し上げてくれたのがいいんじゃないかと、10人が10人、口をそろえて言ってますよ。だって、風水なんてそれまでみんなわからなかったもの。コパさんはタレントとして功を成したからね。ただ、みんな「西に黄色」になっちゃったけどね。

金寄 でも、西に黄色を置くと、家はつぶれるんです。黄色は別にいいんですよ。ただ、黄色は破滅を呼ぶ。わかったのは、黄色の周波数だったんですよ。ほかの色の波形が全然違って、黄色だけ抑えるような波形。脳は電気信号であり、波形でしょ。色も電磁的な信号ですから、波形なので共振するんです。共振がいい状態だったらいいんだけど、黄色は波形がひずむんですよ。中国で禁色といって、昔、黄色は使ってはいけない色だった。あれは正解だと思いました。

來夢 宝くじで有名な九州の神社で授けてもらえる、宝くじを入れておく袋は黄色ですよ。でも信号の黄色は「注意」を意味するからいいんでしょうね。

金寄 いいですよ。注意を促せばね。

來夢 それがいつの間にか開運になっちゃったけど、要は注意なんだよね、黄色は。

金寄 西に黄色で夜逃げした家を知ってます。僕、たくさん尻ぬぐいに行きましたよ。何にもわからない風水師に「盛り塩したらいい」と言われてつぶれた家もあります。盛り塩は絶対やったらいけません。原理を考えればわかる話なんですよ。相撲取りは、土俵に上がるときに塩の塊を投げますか。

來夢 塊は投げてませんね。

金寄 ね。あれは、散らすことによって初めて浄化の働きがあるんです。ということは、固めると陰の氣が強くなる。

來夢 そこに固まっちゃうんだよね。

金寄 そう。塩というのは霊を集めるんです。よく霊能者の方が塩をまくといいと言うけど、霊にとっては「おまえケンカ売ってんのか」となる。100倍返し1000倍返しでくるから逆に悪くなるんです。除霊してはダメ、霊は供養しないといけない。ただ、これがまた霊能者のほとんどができないんだ。

來夢 そうでしょ。それは間違いない。それにはき違えてる人は多いと思いますよ。人間は霊長類だから、誰でも霊や氣を感じられる。特別な人だけが感じるわけじゃない。でも、それに対してどうこうできないのなら、それは違うよね。

金寄 そう。でも、コパさんが世の中に出たおかげで、中国のいわゆる民族学的、社会学的、文化人類学的な風水の本など、風水の学術書も市場にたくさん出回るようになったんです。

來夢 占いではなくて?

金寄 占いの本は基本的に僕、読まなかったんで。

來夢 中国何千年の歴史の中の風水理論みたいな。

金寄 そう、理論がある。それを見て自分なりに風水理論を組み立てていきました。あと、香港や台湾に行って本を買ってきて、そこからまた自分なりに理論を組み立てていくわけです。でも、それが正解かどうかわからない。そこへ風水ブームが来て、大阪で風水を語れる人がいないかということで、僕が引っ張り出されたんですよ。いろんなところでしゃべってたら、雑誌の『Hanako west』が取り上げてくれて。よくわからんのに、読者の家に行って鑑定してください、と。最初なんて詐欺みたいなもんですよね。ラジオのDJもやってたからしゃべりは立つんだ(笑)。

來夢 でも、それまでにあれこれ勉強なさってて、実占の場を与えられたってことだから。

金寄 そう、やっとね。だから、それはありがたかったんですよ。でも、これじゃだめだ、もっと勉強しないといけない、と思ったのと、あとデータが欲しくて。『Hanako west』に出たのは1994年の暮れ。翌95年は阪神淡路大震災の年なんですけど、1件1万円で、とりあえずいろんなところに鑑定に行くようになったんですよ。

來夢 私も同じく95年、好むと好まざるとにかかわらずプロになってしまったの。それが、震災の年であり、サリン事件の年。だから、今年お互い26年目ってことですよ(笑)。先生とご縁があるのよね。

金寄 もう好むと好まざるとでしょ。そうせざるを得ないような状況に持っていかれるんですよね。

阪神淡路大震災を機に風水師のキャリアがスタート

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來夢 そしたら先生、引っ張りだこになったんじゃないですか。

金寄 大阪の朝日放送でテレビに出たり。それともう一つ運がよかったのは、ちょうど95年くらいの時、ディペロッパーである長谷工さんの有料老人ホーム建設の企画に参加したんです。それで、どうやって風水と氣を活用して住人が活性化する空間を作れるのかというプロジェクトのメンバーとなったんです。

來夢 そう思うと、長谷工さんは大したものですね。そんな時期から風水や氣を取り入れていたんですからね。

金寄 その関連で、松下電工、現パナソニックのプレゼンに行きました。そのとき、僕が風水のことを少ししゃべったら面白いねと。それで、パナソニック主催の、風水の歴史に関するセミナーをやったんです。そのときちょうどNHK大阪文化センターの方が来られていて、「面白いからうちでも講座を作ってほしい」という話になったんです。そのあと産経新聞さんの広告担当の人と知り合いになり、そこからさまざまな住宅フェアで風水の話をしてくれいうことになりました。こうして96年くらいから同時進行で動くんです。そうすると、新聞にでかでかと僕の顔が載るわけです。NHKの名前がつくと大きいですよね。

來夢 お墨つきみたいなものですよね。先生がそうやって一生懸命学んできたことが実る流れだったんじゃないですか。

金寄 そうかなと思って。ただ、やっぱりまだ実力が伴っていないという実感がずっとあって。それは今でも思うんです。だから、ずっと能力を上げていかないといけないと思うわけ。

來夢 それまでは机上で一生懸命学んで、あとは自分の体だけでいろんなことを体得していたけど、他者がいて初めて実占になるじゃないですか。だから、すごくよかったですよね。しかも、冠がついて。

金寄 そう。その辺のわけのわからんやつが「1万円で鑑定します」と言っても難しいけど、一応文化センターの講師で、新聞にも顔が出てるとなったら、やっぱり頼みますよね。

來夢 それに、長谷工さんや住宅フェアで氣の仕事をやっていれば、それも一つの実占ですよ。あと、流れに乗れたのは確かにあるね。私も今、先生の話を聞いて、「そうだ、コパさんが風水のブームを作ったのよ」と思った。私も98年、99年、2000年に、毎年3冊くらい風水の本を出してますから。とにかく風水の本を出してくれって頼まれて。

霊的な相談事が増えて……

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金寄 こうしてずっとやってるうちに、なぜか知らんけど、幽霊が出るとか、霊的な依頼が多くなるんですよ。

來夢 きっとそれも道なんでしょうね。だって、環境のことを伝授しているけれど、幽霊の相談が増えるわけでしょ。私にはそういう相談、1件もこないもん。だからこれは役割だよね。
どんな感じで相談されるんですか。家の環境の氣の流れを伝授していたら、「トイレに何か出るんです」とか「変な音が聞こえるんです」とか?

金寄 そんな感じです。最初は、プロとして風水を始めたばかりの名なしの頃、95年ですね。大阪のある家に行くと、女の子の幽霊が出ると言うんですよ。2階にいると、階段を上がってくる音がすると。でも、誰もいない。当時テレビはブラウン管でしょ。ブラウン管を消すと、そこに女の子の影が映ってるとか、いっぱい聞かされて。「何とかなりますか」「無理です」言うて帰りました。そんなん無理ですよ、当時何のノウハウもないのに。

來夢 先生のすてきなところはその正直さですよね。それ大事です。怪しい人たちは、何もできないのに、そこで何かしちゃうんだよね。それでお金をもらって帰ってくる。

金寄 お金なんかもらえるわけないですよ、怖くて。「知ったか」すると、あとで大変なことになるもん。

來夢 すばらしい。それで、何もせずに帰ってきたけれども、やっぱり次々そういう依頼が増えて。

金寄 それから、「霊道(霊の通り道)が通ってて、時々幽霊の手が出るんです」という相談とか。「何じゃそれ」と思うじゃないですか(笑)。

來夢 相談者がちゃんと「霊道」と言うの?

金寄 そう。また見える子がいるんですよ。「うちは霊道が通ってましてね」と。そういうことがむちゃくちゃ多かったんです。それでは風水のノウハウだけでは絶対無理じゃないですか。

來夢 そのとおりです。

金寄 平成9年の秋、友達と一緒に奈良の明日香に行ったんです。明日香というのは、日本で最初に風水が入ったところなんですよ。飛鳥大仏がある飛鳥寺は、朝鮮半島から来た人が、完璧に風水で作ってるんです。
その日の夕方4時頃、帰りのバスの時間までうろうろしていたら、小さなお寺がありましてね。そこに梵字で「阿」と書いた大きな阿字石(霊石)があって、「これ、何か力強いね」と言うてたら、ご住職が来られたんです。「何してるんですか」というので、「風水とか勉強してます」と答えると「それはいいことやね」と。それで、小さな本堂に上げていただいて話をしました。「よかったら、家相と仏教とか、そういう話してもらえませんか」とおっしゃられたので、「喜んで」と、94年から95年にかけて、2〜3回、法話としてやらせてもらいました。その法話が終わったあとに、ご住職のお嬢さんから、「このままだったら死ぬぞと父が言ってます」と。僕は、「それはわかってます。もう絶対因縁もらってますから。大変なんです」と言いました。すると、「できたらうちで得度しなさい」と申し出てくださって。僕、真言宗で得度したかったんです。実家は浄土真宗ですけどね。

來夢 でも、その明日香のお寺さんが真言宗だった。

金寄 はい。真言宗は、幼いとき、祖母にいろいろなお大師さんのお寺に連れて行かれたから、ご縁があったんですよね。

來夢 山が好きな人は真言宗とご縁がありますよ。

金寄 昔、一人で山を歩いてるときなんか、あるお寺に行くと、「あなたは修行してるんですか」と言われたことがあります。「いや、そのつもりですけど、まだまだで」って。やっぱり何かあるんでしょうね、山っていうのは。

來夢 あると思います。山には不動明王様もいらっしゃいますし。それもちゃんと一生懸命目の前のことを正直になさってるから呼ばれましたよね。

金寄 ありがたいですよね。得度は普通お金がかかるといわれてます。でも僕、その当時本当に全然売り上げがなかったから、「お金がないんです」と。「ただでいいですよ」っておっしゃってくれたんですけど、「いや、ただはいかんやろ」と。5万円しか出せませんでしたけど、それで得度しました。

來夢 まあでも、自分のできるお気持ちでってことだもんね。

金寄 師匠は生涯絶対弟子は取らんという人だったのに、なぜか僕だけ取ってくれたんです。

來夢 ご縁ですよ。
私も、よくわからない宗教の相談は多い。それに対してちゃんと学ばないと伝えられないから、心霊学に関してはすごく学んできました。でも、先生のようなお役目には、自分で自分を守るために、得度がないとダメだったと思います。気功や古神道はそれなりの修行になっていたでしょうが、正規の修行がないとやっぱり危ないですよ。
明日香でどれくらい修行なさったんですか。

金寄  僕の場合は在家なので、普通なら2、3カ月以上かかる修行を、一回1週間、それを2回の計2週間で行い、師匠が基本を教えてくれました。

來夢 いろいろやってきたから2週間でいけたんですよ。だって、在家だろうと何だろうと、お師匠さんはわかるわけじゃないですか。全くまっさらでは、2週間じゃ無理だもん。それも導かれてますね。

來夢 そのお師匠さんはまだお元気でいらっしゃいますか。

金寄 2019年に亡くなられまして。今はお嬢さんのお婿さんが若住職として継いでおられます。僕は無理ですからね。

來夢 それは役割が違いますから。

 

※Vol.17 風水の知識と密教の法力でディープなお悩みに応える―その② に続く

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