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  2020.03.02



Vol.13 実占と出版 半世紀を牽引し続ける関西の雄 ―その①

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アレクサンドリア木星王

占術家。神戸生まれ。関西大学文学部卒。ジャーナリストを経て占い師となる。1970年代より、多くのタロット本と西洋占星術書の翻訳や入門書を手がけ、日本で一般にタロットを広めた第一人者。現在も神戸三宮「魔女の家」にて実占活動中。『あなたの知らないタロット占い これを読まずに占いできますか』『12星座㊙︎ノート【上】』『12星座㊙︎ノート【下】』(すべて魔女の家BOOKS)など著書多数。

30年以上前から、アスペクト、プログレス、ホラリーと、テクニカル的な占星術の専門書、翻訳本を次々と出版。日本における西洋占星術ブームを、実占から導いたアレクサンドリア木星王の名前を、現在活躍している占い師で知らない人はいないだろう。謎に包まれた関西の雄は、現在も鑑定を中心に、精力的に出版にも携わっている。生けるレジェンド、木星王先生と初めて相見えた。

目次

〜その1 アメリカから占術のテクニックを日本に紹介〜

1.西洋占星術普及の黎明期

2.西洋占星術の自由さや学術性に惹かれて

3.タロットブームを牽引したカード付き入門書

 1.西洋占星術普及の黎明期

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來夢 私は、実占を始めて今年で26年になります。プロになったのは1995年。以来、日々クライアントさんとお会いしてセッションをしています。
私が占いを本格的に始めた90年代は、占い本といえば読み物ばかりでした。
ところが木星王先生の本は、唯一、アスペクトのことなど実践的なことを細かく書いてあって、私は木星王先生の本で勉強したようなものです。一冊一冊買い集めて、最終的に木星王先生の占い本は全部持っています。

木星王 ありがとうございます。

來夢 先生は占いの道に入ってどのくらいですか?

木星王 だいたい50年くらいかな?

來夢 今も現役でいらっしゃって、お元気で肌つやも良くて。「おっかない方なのかな」とドキドキしながら、今日、神戸三宮の「魔女の家」に初めてうかがったのですが、とても優しい方で安心しました。
まず、先生が西洋占星術に巡り合ったきっかけは何ですか?

木星王 大学生の時、同じ私大にいた植田訓央という人物と知り合ったのがきっかけです。彼は、大学生でありながらすでに星占いをしていて、強い影響を受けました。

來夢 それは1950〜1960年代くらいでしょうか。日本に西洋占星術が広まる前ですか。

木星王 当時、占いの本といえば、ルル・ラブアや、その先生の潮島郁幸の本くらいしかなかった時代ですね。占いのお店なんてもちろん一軒もない。西洋占星術をやっている方は大阪や神戸にもほぼ見当たらなかった。
植田訓央君も潮島郁幸の弟子だったの。潮島郁幸は通信教育もやっていたので、彼はその勉強を通信でしたわけです。だからルル・ラブアの兄弟弟子みたいなものです。のちに植田君は「カリカリ博士」と名前を変えて活躍していました。もう亡くなって10年くらい経ちますが。

來夢 カリカリ博士さんの名前は知っています。

木星王 昔、大陸書房という出版社があって、縁があった私は、そこに話を持ち込んで、植田君の書いた占星術のテキストを本にしたんです。『現代占星学』という本です。そこにトランジットとプログレスが紹介されていたのですが、それまでそんな本はなかった。

來夢 ああ、そうですよね。現代だって、木星王先生の他に松村潔先生、石川源晃先生くらいしかないんじゃないかなと思います。海外に比べて、日本には占星術の研究本や実践的な本は本当に少ないですね。
先生はどういうところに感銘を受けて、本としてまとめようと思われたのですか。

木星王 私は射手座でしてね、木星が来た時には書く仕事や出版が増えたものです。
それに、東洋の占いは盛んでしたけど興味が湧かず、西洋の占いにしか関心がなかったんです。
というのも、私は当時、アメリカによく行っていたんです。ハワイやロス、サンフランシスコなどの書店には占い本のコーナーがあって、専門書がいっぱいありました。それらを貪るように買って、辞書を片手に訳していたのです。

來夢 そうですね。先生の本って、「アメリカ占星学」というように、アメリカと、タイトルにつけてましたよね。

木星王 それは一貫しています。アメリカに行くと、そういうオカルトブックの専門店があって、入り浸るのが好きだったんです。

來夢 いまもアメリカやイギリスに行くと、本屋さんには占星術のコーナーが充実していますけど、当時から先生はアメリカで直接それらを手にされていたということですね。

木星王 雰囲気が素晴らしいんです。書店が占い好きな人だけが集まる溜まり場になっていたんです。店内のボードを、占いの愛好家や占い師に開放していたので、占いイベントや占い教室の告知が貼ってありました。
アメリカではいきなりタロットブームが来たんですよ。有名なイラストレーターがニューヨークにいましてね、その人がタロットをデザインしたんです。「アクエリアンタロット」っていうんですが、ポスターにもなったし、Tシャツなどあらゆるお土産的なものにもその絵が使われていました。私もその時に買い込んだアクエリアンタロットのポスター、いまだに家に保管しています。ブームの時は、本屋さんも一流の百貨店も、いちばんいいところに、タロットのカードと入門書が山積みになっていました。
ブームが来るとアメリカは一気に商業化したけれど、ヨーロッパはそんなことなかったね。

2.西洋占星術の自由さや学術性に惹かれて

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來夢 東洋占術にはピンとこなかったけど、西洋占星術にはピンと来た。それは何が決め手だったのですか?

木星王 うーん。東洋の占いは一面、暗い面があって、ときに嫌な差別用語があった。たとえば「後家相」とか「行かず後家」とか、そういうことを露骨に言うたもんです、当時は。
そう言うのを聞いてると、これはちょっと違うかなと。最初からそう表現したらダメですよね。今は差別用語を耳にすることもなくなりましたが。

來夢 そうかもしれない。本来は、宿命だと決めつけるようなものではなく、星の個性を活かすものですよね。
私が小さい頃の西洋占星術の本も、東洋的な言い切り型の説明は多かった気がする。東洋系の占術を学んだ上での西洋占星学だとそうなってしまうのかな。
だから木星王先生は、西洋占星術のほうが、自由さというか、広がりというか、可能性を見出せたということですか。

木星王 まあ、そうですね。

來夢 最初から職業にしようと思っていたんですか?

木星王 仕事になりにくいでしょ。家でやるのは宅占というんですが、外でやるのは外占といって、当時は街頭易者しかなかったですよ。
アメリカがタロットブームを迎えた時、学生みたいな若者が、道端に座り込んで、お客さんにタロット占いをやっていました。ロスなどではUCLAへ通じる道の両脇などで学生占い師がゴザを敷いて、座り込んでやるんです。
でも、とてもじゃないけど街頭でやろうなんて勇気はないね。

來夢 射手座ですもんね(笑)。
私のイメージだと、アメリカでは、コンピュータの発達とともに占星術が広がったというか、進化したイメージだったんですけど。

木星王 そうですね。大学にそういう講座もあったしね。だからレベルが違います。
アメリカには2つの種類があった。一つは学術的な世界。もう一つは下町のジプシー占い。二分されていたんですよ。
ジプシー占いは、私も行ったことがありますけど、「絶対行ったらいけない、金を盗られる」と言われていました。真っ暗な部屋で、ランプやろうそくで手相を観てくれるんです。そして、「お金はあるか? 儲かるようにしてあげるから、これを身につけなさい。1ドルでいいから」と言われて財布を出すでしょ。それを見て、あとで盗む。本人じゃなくても別の仲間が盗む。だから絶対に行ったらいかん、と言われていました。

來夢 面白いですね。学術的なものと、怪しげなものと、両極の占いが日本に入ってきた流れなのかな。
それで、職業になさったのはいつ頃からですか?

木星王 当時、本業は取材記者でしたが、占いもやってみようと考えるようになった。ですが、場所がない。そこで気づいたのが、喫茶店を利用することでした。大阪の梅田にあったアッピーハウスという若者の集う喫茶店と交渉し、日時を決めて、2階の隅っこを借りて始めたんです。当時、大阪では夕刊紙が盛んで、面白いと取り上げてくれたので、宣伝しなくてもお客さんがいっぱい押しかけてきました。そういう時代でした。
その次に、専門店が出てきます。辛島宣夫さんという絵描きさんが『エジプシャンタロット』という本を二見書房から出したのですが、占いもやっていましてね。東京のパルコに「水星の部屋」と名付けた占いハウスを持ち、何人かのお弟子さんをかかえてタロット専門店を成功させていました。これが40年以上前ですかね。
よく覗きに行って、「羨ましいなあ。ぜひこんなことをやりたいなあ」と思ったんです。

來夢 東京に来た時に。

木星王 その頃、東京は全ての情報源でしたからね。
東京の日本橋に丸善という書店があって、輸入した占星術の専門書が並んでいました。占い好きはみんな行ったもんですよ。また丸善の担当者が知識が豊富で、いろんな占星術の話もしてくれたんです。
それから、いまは潰れてしまったけれど、銀座のど真ん中にイエナという洋書店があって、そこに行ったらアメリカやイギリスの新刊書籍が並んでいました。イーデン・グレイという、占い好きの書店経営者であるアメリカ人のタロットの入門書とか。それは3部作あって、どれも世界的なヒット作でロングセラーになったのがあるんですけどね。いまは日本語にも翻訳されていますけど。
あとは神田の本屋さんにも行ったりしてね。
そのあたりから、本格的にやりたいという気持ちになりました。
たまたま神戸に「コウベブックス」という書店があって、店のスタッフの一人に渡辺さんという文学青年がいたのです。その方が熱心に、タロットや占いの本を仕入れてくださったんです。「さんちか」というショッピングモールにイベント用の大きな貸しフロアがあるんですが、渡辺さんのアイデアでタロット展をやったんです。占いと、カードと書籍の販売と。そのために、期日に間に合うようにタロットを輸入したりしました。それが日本で初めてのタロットのイベントです。むろんタロット占い師を集め、連日行列が出来たものです。

3.タロットブームを牽引したカード付き入門書

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木星王 私の最初の本は、「保育社」という大阪の出版社から出した『ジプシー占い』でした。当時は「タロット」という言葉は使えなかったんです。誰も知らないからそんな本は売れません、「ジプシー」のほうがわかりやすいということで、強引に付けられたんですね。
それから間もなく、東京の日本文芸社という出版社からも本を出したのですが、同じ理由で「タロット」のタイトルを拒絶されたんですよ。だから仕方なく『秘法カード占い入門』になったんです。

來夢 なるほどね。でも『秘法カード占い入門』はわかりやすいですよ。

木星王 その本はタロット占いが中心でしたが、タイトルに「カード占い」とあったため、「トランプ占い」も無理やり入れたものです。
実は、いまブームになっている「ルノルマンカード占い」も、その頃に私がいちばん最初に本格的に紹介して、当時話題になったもんです。

來夢 先生はパイオニアですね。レジェンドだってことは知ってましたけど。

木星王 紹介したのは40年くらい前ですよ。欧米では盛んでも日本では全然知られていない材料はまだいくらでもあるんですよ。ただ日本は非常にいやらしいから、ちょっと売れるとすぐ真似されて、真似したほうが販売力が大きかったりするので、そっちに取られてしまうんです。

來夢 そうか。確かに。

木星王 そうしてじわじわとタロットのブームが来て、カード付きの本じゃないと意味がないなと感じ始めた。そこで、入門書とカードがセットになった本を企画して、それを出版社に持ち込んだんです。ウェイト版のモノマネのカードでしたけど、爆発的に売れました。

來夢 いまでは当たり前になっているカード付きの本も、先生が先駆けなんでしょうね。

木星王 そうでしょうね。私のカード付きの本と、辛島さんの『エジプシャンタロット』が同時に出たので、その2冊でブームが起きた。
私が大人向けに書いたものを、中学生の方が読んでくれたりしてね。みんなカードが欲しいけれど、大人の本しかなかったからね、当時は。そのあと、円形のカードをつけた子供向けの本も出したりしました。

來夢 私、小学校低学年の時に、「りぼん」という漫画雑誌の付録のタロットカードにはまったんですよ。7歳の時でした。先生が道を開いてくれたおかげだと思うとすごいですよね。
そうやって先生は、タロットを紹介しつつ、梅田と三宮の喫茶店のブースで占いをして、宣伝しなくても次々とクライアントさんが来て話題を呼ぶ。実占しながら、本も書いてらっしゃったわけですね。
そうすると、先生にお話を聞いて欲しいという人があちこちから来るし、リピーターも、という感じで。今の「魔女の家」はいつ頃できたのですか?

木星王 これまた幸運がくっついてましてね。私がタロットブームの初期に巡り合って、熱中して、本を出したり、カードを輸入したり、占いの店をやって、走り回ったから評判になったんです。
大阪にマルビルがあるんですよ。上が第一ホテルで、大阪駅の真ん前という、場所は一等地ですわ。そことご縁ができて、イベントを請け負ったりしていると、空き店舗ができた。何としても稼働させないといかんので、臨時でやってほしいと言われたんです。そこで僕は、占い師を何人か集めて、ブースを作って、占いをやったんです。場所もいいし、そんなところに占いのお店もなかったから、爆発的に人が集まったんですよ。

來夢 今でこそデパートとかいろんなところでやってますけどね。それも走りじゃないですか。

木星王 それでだんだん完全な店舗にしてくれと。集客力につながるんです。ビルの地下二階が飲食店で、女性客が欲しいわけですよ。占いは、若い女性の集客に役立つんで、いちばんもってこいでした。そこから固定した店舗が始まったんです。

來夢 先駆者として開拓者として流れるように進んでいますよね。時代とリンクしているし。

木星王 そうそう、時代がね。
占いの新聞を出していたこともあるんです。阪神淡路大震災の前くらいかな。
ロンドンに行きますと、「イエローペーパー」という怪しげな娯楽のタブロイド新聞があって、そこに有名人のスキャンダルを書きまくっているわけです。そのなかに占コーナーがあって、それがとても充実したレイアウトなんです。中身はたいしたことないんですけど、びっくりするような美人占い師を看板に使っているんですね。そういうのを見ていると真似したくなってね。「同じものを出したいな」ということで、全ページ占い記事のタブロイド判を出しました。そうやっていろんなことを実験したんです。

來夢 読んでみたかったですね。
現在の占いのお店「魔女の家」が大阪からスタートして神戸にも拡大したそうですが、オープンから30年くらい経ちますか?

木星王 そうですね。神戸店は実は、1995年の阪神淡路大震災で潰れたんです。隣のビルに空き店舗がたまたまあったので、そこに入ったんです。当時は売り手市場だったから敷金が非常に高かったですけどね。

來夢 お弟子さんもたくさんいらっしゃるのですか?

木星王 大阪店と神戸店あわせて約30名の占術家が所属しています。

※実占と出版 半世紀を牽引し続ける関西の雄 ―その②に続く

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