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  2019.10.17



Vol.11 宿命は改善できる─その①

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★ペルセフォネ―先生

ミス・ペルセフォネー

講談社で女性誌の編集記者をするかたわら、1983年より西洋占星術の大家である明暗塾の創始者・門馬寛明(もんま・かんめい)氏に師事。1986年に同塾で人生指導論・占星医学論・愛情結婚論・占星職業論・事故災難論・人間関係論のすべてのライセンスを修得すると同時に、英国占星術協会への推薦入会を果たす。
1991年に鷹石惠充(たかいし・しげみつ)〈占術家名 伊勢山天愛 (いせやま・てんめい)〉氏が創設したテレシスネットワーク(株) の取締役副社長に就任。同社は28年以上占いサービスを手掛け、占いアプリの日本最大級のコンテンツプロバイダーとして知られている。
1995年にインドに渡り、インド占星術の研究を本格的に開始。西洋占星術、インド占星術の他、タロット占い、瞑想、マントラなど、宗教的な見地から、占いおよび神秘学の研究と執筆を中心に活動している。

【HP】

ミス・ペルセフォネーの部屋
ミス・ペルセフォネー インド占星術による宝石鑑定

主な占術方法 : 西洋占星術/インド占星術/九星気学/タロット占い

目次

1.  編集者と占星術ソフト開発者の最強コンビで会社を経営

2.  学ばせていただいた門馬寛明先生などのこと

3.  インド占星術に傾倒していったわけ

1.  編集経験者と占星術ソフト開発者の最強コンビで会社を経営

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來夢 ペルセフォネー先生には、このサイトの第8回目にご紹介した伊勢山天愛先生(テレシスネットワークの鷹石惠充社長)とのご縁で、今回、お話をうかがう機会をいただいたわけですが、興味深いのは、お二人の出会いが門馬寛明先生の教室であったことと、28年来のビジネスパートナーになっていらっしゃることです。
会社を立ち上げてどのくらいになるのでしょうか?

ペルセフォネー 2019年の8月6日で29年目に突入しました。

來夢 それほどの年月にわたって、占いのお勉強と経営の両方をきちんとなさっていることに感銘を受け、素晴らしいと思っています。そもそも門馬寛明先生の教室に行こうと思った理由は何だったのですか?

ペルセフォネー 当時、私は講談社の『ミス・ヒーロー』という雑誌の編集記者を務めていて、ファッションや旅行など、女性向け記事を手掛けていました。その一方で、仕事とは別に、小学生くらいから占いに興味がありましたので、中高生あたりから辛島宜夫(からしま・よしお)先生のタロットの本を買ったりして、趣味として占いの勉強を自分なりに続けていたんですよ。

來夢 辛島先生は、日本にタロットカードを広められた第一人者だというお話を、伊勢山先生からうかがっていました。そんなに若い頃に辛島先生の本を購入されたことも素晴らしいと思いますが、そもそも占いが好きになったきっかけは何だったのでしょうか?

ペルセフォネー とにかく少女時代から占いに興味があって、10代後半から説話社さんの『マイ・バースデイ』をずっと購読していました。占いの根拠と結果がどうリンクしているのかを、もっと深く学びたいと思っていたんです。

來夢 それで門馬寛明先生の教室に通うようになったわけですか?

ペルセフォネー そうなんです。
明暗塾では、門馬先生が教室のホワイトボードに描かれたホロスコープチャートの星の配置について、例えば「この惑星の配置は、このような意味を持ちます」とか、「この時期に、政治的にこんな事件が起きていますね」というように、かなり詳しく、大学の講義みたいな感じで授業をされていらっしゃいました。本格的な講義だったので、さらに興味が湧いてきて、それで占いを仕事にすることも次第に考え始めたわけです。

明暗塾では人生指導論、占星医学論、愛情結婚論、占星職業論、事故災難論、人間関係論という6つの部門それぞれに検定試験があったので、これらの試験にパスして大免状をいただきました。それと同時に、英国占星学協会にも推薦していただいたので、それを機会にようやく、今日から私は占い師ですと言えるようになったんです。そうでないと、本当に自分がプロの占い師になってよいものかどうかについては、結構戸惑いがありましたね。

來夢 そう思われた気持ちはよく分かります。私も初級、中級、上級、師範科と段階を踏んで学んではいましたが、プロになるときに戸惑いましたから。ルネ先生の後押しする言葉がなければ、プロになってないですね。

ペルセフォネー 当時、自分がもし、プロの占星術家になるとしたら、きちんとライセンスを取得して、権威者からのお墨付きみたいなものをいただくのが、正しい道筋だと思っていたからなんです。「やれるはず」といった、自分勝手な判断や思い込みでは仕事にできないなと思っていたので、門馬先生のところでライセンスを取得してからが占星術師の始まりとなりました。
その後、講談社の『ミス・ヒーロー』という雑誌の巻末に占いページがあって、編集長から「だったら君のペンネームでやってみたら」ということで、占いも担当するようになったんです。

來夢 その時にミス・ペルセフォネーというお名前にされたということですね。

ペルセフォネー そうです。
「ミス」は雑誌の『ミス・ヒーロー』のミスを取って、「ペルセフォネー」は、私は西洋占星術で乙女座のアセンダント(占星術における星座の概念のひとつ)なので、ギリシャ神話に登場する乙女座の女神の名前に由来して、これを組み合わせてミス・ペルセフォネーと名乗ることにしました。

來夢 なるほど。その後、すぐに講談社からテレシスネットワークに移られたのでしょうか?

ペルセフォネー 少しブランクがありました。
テレシスネットワークに移るまでのあいだは、鎌倉や東京港区のアトリエで説話社の雑誌などの原稿を書きながら、西洋占星術による鑑定を、ネイタルチャート(出生図)、プログレス(進行)、トランジット(経過)の3つを使って、電話鑑定などを行っていました。

來夢 何かの媒体にご自身の名前とアクセス方法を掲載するとか、どこかに所属してですか?

ペルセフォネー いいえ、まったくのフリーで。
講談社の『ミス・ヒーロー』でわたしの名前を知った方から鑑定して欲しいという依頼があって、そんなに広げる気持はなかったですし、何の努力もしていなかったのですが、皆さん何回もリピーターになられるので。
でも、当時は会社設立の準備をしていた頃ですから、電話鑑定をしていた期間は2年くらいだったと思います。

來夢 なるほど、『ミス・ヒーロー』で、すでにファンをつかんでいらしたわけですね。
当時、いろんな雑誌が出ていましたが、原稿のほうのお仕事は、どのような雑誌でされていましたか?

ペルセフォネー 『an・an(アンアン)』の占い特集とか、『elfin(エルフィン)』、『MONIQUE (モニク)』、『My Birthday(マイ・バースデイ)』、『Petit Birthday(プチ・バースデイ)』などですね。

來夢 雑誌の名前を聞くだけで、とても懐かしいですね。当時はムック本が多かったですし、90年~95年前後になるでしょうか、私もいまおっしゃったような雑誌に一番書いていた頃です。

ペルセフォネー まだ携帯電話がない頃ですから、占いの仕事というと雑誌がメインでしたよね。ですから、いろんな雑誌から仕事の依頼がありましたね。

來夢 書き手は、ほぼ同じ世代で、若手だと鏡リュウジ先生、私の師匠にあたるルネ先生の門下生では秋月さやかさん、ムーンプリンセス妃弥子さん、鳳万里香(おおとり・まりか)さんがそうですし、このコーナーの3回目にご登場していただいた松村潔先生も『elfin』で原稿を書かれていました。

ペルセフォネー 私の場合、原稿のほうのお仕事の期間も短かったわけですが、当時、テレシスネットワークの鷹石社長とは門馬先生のところで知り合っていましたし、同社は、まだ紙媒体向けではあるものの、例えば、ある時期の相性・恋愛・結婚の運勢はどうなのかを、星座ごとに数値で出すという作業を始めている状況でした。

來夢 星座ごとにロジックを組み立てるというのは大変な作業だったでしょうね。私は電卓で計算しながら全部手書きでホロスコープを作ってきましたから、その大変さはよく分かります。

ペルセフォネー やはり、どんな情報でも適当にクライアントさんに提供することはできませんし、しっかりとした根拠なしに、運勢が良いとか悪いというのは、無責任というより、人をあざむくことになってしまいます。

來夢 それは、そのとおりだと思います。でも、とにかく計算が大変だったでしょう。

ペルセフォネー そうなんですよ。計算が大変だったからこそ、弊社の社長は学生時代に占星術ソフトを友人と開発していて、惑星計算や各星座のアスペクト、配置等々のすべての情報を盛り込んだ、ホロスコープソフトやシステム開発に取り組んでいたんです。

來夢 それは何年頃のお話ですか?

ペルセフォネー 1983年~1985年くらいだったと思います。

來夢 IT時代の幕開けの頃で、プログラミングの先駆けですよね。
西洋占星術のソフトとしては、小曽根秋男さんという方が開発された『Stargazer (スターゲイザー)』がよく知られていて、発売当初、高額だったのを記憶しています。
1983年~1985年ということは、『Stargazer』より前に開発されていた可能性のほうが高いでしょうね。

ペルセフォネー 多分そうだろうと思いますが、そういったソフトを購入したことがないので、どちらが先かは判然としません。社長はコンピューターでホロスコープを作るために明暗塾に通い始めていて、最初からホロスコープを作る方法を勉強したいと思って、明暗塾に通っていましたから、社長と私のご縁は明暗塾で「学ぶこと」だったと言えますね。

いずれにしても、コンピューターによって、たくさんのチャートが作れるようになりましたし、情報の集積量が増え、次第に経験値が上がっていったことは確かでしょう。
生年月日、出生地、出生時間などのデータを入力すれば、瞬時にクライアントさんに情報提供できるわけですから、コンピューターと社長が開発したソフトの利便性には本当に感謝しなくてはいけません。

たいていの方々は、結果がどうなのかを早く知りたいだけで、計算の過程に興味があるという人はいません。でも、情報を提供するからには、それなりにコンテンツを用意しておく必要がありますから、編集者やライターの目線ということで、私も微力ながら、社長のお手伝いができたと思っています。

來夢 お話をうかがっていると、明暗塾でのお二人の出会いは素晴らしいご縁で、編集経験者だからこそ気づいたことと、コンピューターによって西洋占星術をシステム化しようとしたことが、上手にマッチングしたわけですから、お二人は最強のコンビだと思います。

2. 学ばせていただいた門馬寛明先生などのこと

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來夢 門馬寛明先生については、占術家の伊勢山先生として鷹石社長にインタビューさせていただいた際に、少しお話をうかがっていましたが、私は一度もお目にかかったことがないので、改めてどのような方だったのか教えていただけますか?

ペルセフォネー ひと言でいうと、日本で早くから西洋占星術に取り組んだ先駆者ですね。樺太(現サハリン)生まれで、宣教師として活動されていた時に、ある占い師の方に、先生の運命を予言されたことがきっかけで、星占いの研究を始められたと、本に書かれていた気がします。

來夢 そうでした。本のあとがきに、そう書かれていたのを思い出しました。

ペルセフォネー その予言をきっかけに、なぜ将来のことが占えるのかと思われて、では、どのようにすれば占えるのかという疑問から入り、多分、いろいろな占星術の本を読んで勉強を重ねられたのでしょう。やがて翻訳を手掛けるようになって、カッパ・ブックスの本を皮切りに、西洋占星学を世間に紹介するようになられたとうかがっています。

來夢 カッパ・ブックスの本は、私も大切にとってあります。12星座だけで体調のことや仕事のこと、愛情のことなどたくさんの情報が載っています。

ペルセフォネー そうです、そうです。
門馬先生は、翻訳する際に、ご自身の解釈を極力加えないで、できる限り原書の内容を忠実に伝えるようにされていたと思います。
例えば、”近代占星術の父”と言われている英国のアラン・レオ(1860~1917年)であれば、原書をきちんと翻訳されたうえで、これはこういう意味ですよという翻訳に対する説明を加えていらっしゃいましたから、そうした意味では自己流でない、真の占星術の教育者に近い方だと思います。

來夢 本を読んで私もそういう感じを受けました。ところで、門馬先生はお幾つぐらいになられるんでしょうか?

ペルセフォネー 先生の本に1921年生まれと書かれているので、98歳になられているはずです。

來夢 私の中学時代、親しくしていた友人に星が大好きな子がいて、彼女は門馬先生のお弟子さんにあたる紅亜里(こう・あり)先生の勉強会に、まるで、学習塾に行くような感じで通っていたのですが、渋谷のデパートの屋上で門馬先生に占っていただいたことがあったと言っていました。

彼女は、門馬先生に占ってもらったことが後押しになったようで、その後も熱心に紅亜里先生の勉強会に通っていて、私は彼女からいろいろ話を聞いていましたから、古本屋に門馬先生の本を探しに行きました。
まだ小学生の頃でしたが、私にとってまさにバイブルだったのは紅亜里先生の太陽と月の本でしたね。

ペルセフォネー そうでしたか。

來夢 先ほど、門馬先生のところで6つの資格を取ったとおっしゃっていましたが、ひとつ一つクリアして大免状をいただくまで、どれくらい時間がかかったのですか?

ペルセフォネー 約3年ですね。
私の前に大免状を取った方は3人ほどいたと聞いていました。でも、免状を取得しようと考えていた方は、あまりいらっしゃらなかったようでした。

來夢 明暗塾に通っていた世代層は、どんな感じでしたか?

ペルセフォネー 私は当時、20代でしたが、30代40代50代とか、もっとご高齢の方もいましたし、プロの方が多かったですね。

來夢 プロというと?

ペルセフォネー 覚えているのは、マダム・梢月(しょうげつ)先生、聖紫吹(ひじり・しぶき) 先生、流智明(ながれ・ともあき)先生ですね。

來夢 流先生は本を出されているので分かりますが、紅亜里先生以外の他の方は知りませんでした。

ペルセフォネー 実は私、流先生の勉強会にも通っていたんですよ。

來夢 そうでしたか。でも、流先生は、あの『惑星大予言』という本を出されたあと、忽然といなくなって、世間を騒がせたと聞いています。

ペルセフォネー そうです。タバコの吸いかけがテーブルにあって、何も部屋の様子が変わっていない状態で、突然いなくなられたとか…。自分の役目はもう終えたからということだったようなのですが、ずっと行方不明のままです。
確か、東大の仏文科卒で、放送作家、コピーライターを経て、占星術の道に入り、明暗塾で学んだあと、英国ケンブリッジ大学の占星学講座を修了して英国占星学協会の終身会員になられています。

來夢 インテリさんと言うか、博識家なのですね。

ペルセフォネー そうですね。

來夢 私の師匠のルネ先生にしてもそうでしたし、西洋占星学に携わる方々には博識家が多いように思います。
ところで、流先生が門馬先生の教室に来られていたときは、それまで西洋占星術に関心を寄せられていなかったのでしょうか?  どのような様子だったのか覚えていらっしゃいますか?

ペルセフォネー 流先生は門馬先生のところで最初に西洋占星術を学ばれて、何か喧嘩別れみたいになってしまったようでした。なぜ、仲たがいされたのかは、私は知りませんが。

來夢 そうでしたか。いずれにせよ、流さんは門馬先生のお弟子さんと言えるわけですね。

ペルセフォネー もともとはそうだったけれど、なぜか別れてしまったみたいです。

來夢 日本の西洋占星学の水準を飛躍的に高めたということでは、石川源晃(いしかわ・げんこう 1921?2006年)先生が有名で、やはりいち早くコンピューター化に取り組まれた方だと思いますが、石川先生のポジションというか、どのような方だったかのか、ご存知ですか?  門馬先生との交流はあったのでしょうか?

ペルセフォネー 弊社の社長は一度、だいぶ前になりますが、石川先生にお会いしたことがあったようです。銀座のソニービルに、先生はいらっしゃらないけれど、コンピューターを使った石川先生のコーナーがあったとも聞いています。
それに、門馬先生は東京、石川先生は大阪で活動されていましたから、お二人の接点はなかったのではないでしょうか。

來夢 そうでした、石川先生は大阪でした。例えば、日本で一般にタロット占いを広めた第一人者として知られているアレクサンドリア・木星王(もくせいおう 1932年生まれ)先生は神戸出身だし、西と東では、また占星術家の系列がちょっと違うのかもしれませんね。世代的には同じような感じがしますが。

ペルセフォネー そうですね。お二人の関係がどうだったのかは存じ上げませんが、西と東に場所が離れていますからね。世代的には同じでも、あまり接点はなかったような気がします。

來夢 そうでしょうね。先ほどのお話にあったように、お二人は師弟関係ですもの。ところで、社長さんも、明暗塾でペルセフォネー先生のように免状を取られたのですか?

ペルセフォネー はい、社長も免状を取っています。私は6部門、社長は会社の立ち上げ準備で忙しかったので、2年間で1部門ですけれど。
私は先ほどお話したように、大免状を取得して、英国西洋占星学協会に推薦していただいたのですが、鏡リュウジ先生のような英国西洋占星学協会での活動はしていません。テレシスネットワークが始まっていましたから。

來夢 会社設立の準備、起業したばかりで忙しかったでしょうね。

ペルセフォネー ええ。でも、はり合いがあって楽しかったですよ。

來夢 いま振り返ってみて、そうおっしゃられるのって素敵です。

3.  インド占星術に傾倒していったわけ

 

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來夢 その後、インド占星術に傾倒していかれたと、伊勢山先生(鷹石社長)にインタビューさせていただいた際にお聞きしていますが、タロットカードの占いも手掛けられていますよね。

ペルセフォネー タロットは高校生ぐらいのときから日課のようにしていました。どのような観方をすればどんな結果が得られるのか、なぜそのようになるのか、興味が尽きなくて。
私は、果たして本当にそうなのだろうかと思って検証・研究したいタイプなんです。占い師としてクライアントさんを占うのも、クライアントさんを手助けするためでもありますが、根底には研究のため、という気持ちがどこかにあります。
タロットに関してもそういうアプローチの仕方でしたが、タロットは、その場、そのときを観るのに適したツールという印象を持っています。

來夢 タロットカードは、今の状況が端的に顕れるというか、そのまま出ますからね。

ペルセフォネー でも私の場合、どちらかというとロジックがあって、どのロジックが効果的なのかとか、どのロジックをどのように観ると、より正確な解釈をして皆さんにお伝えできるのかとか、そういうことに重きを置いていたので、インド占星術のほうがしっくりきたんですね。
星座占いやタロットから入りましたが、西洋占星術を学んで、その先にインド占星術にたどり着いたんです。

來夢 なるほど。タロットや西洋占星術を学んだからこそ、インド占星術と出会えたということなのでしょうね。

ペルセフォネー おっしゃるとおりで、インド占星術を学び始めたのは、テレシスネットワークが始まってから4~5年経った1995年です。
インドで多くの要人も聖人として認めた、霊的指導者のサイババ(1926~2011年 インドでの正式名はサティヤ・サイ・ババ)の著書『アガスティアの葉』が注目されていたときに、興味を持ちまして、1995年にサイババ氏が創設したインドのアシュラム(ヨガの修行場)に行きました。でもその後、サティヤ・サイ・ババ氏は、スキャンダルで叩かれていましたよね。

ちなみに、「アガスティアの葉」とは、紀元前3000年頃(約5000年前)に実在したとされるインドの聖者アガスティアの残した予言を伝える葉のことで、ナディ・リーダーと呼ばれる人たちの手で現代タミル語に翻訳されていて、葉に書かれていることによって未来が占えるとされています。
日本では、1993年に青山圭秀(あおやま・まさひで)さんの『理性のゆらぎ』という本で紹介されてから、一時ブームとなって、マスコミにも大々的に取り上げられ、「アガスティアの葉」の占いを受けに行くツアーや、占いの結果を入手できる通信販売もあったくらいです。

來夢 そうでした。あの頃は、一度「アガスティアの葉」を見てみたい、占いを体験してみたいという方が結構いました。

ペルセフォネー 私はサイババ氏のアシュラムに実際に行ってみて、「アガスティアの葉」に書かれていることを云々したりする前に、まずインド占星術について知る必要があると思いました。
それで、現地の書店に行って英語で書かれているものを買い漁りましたが、当時、すでにインド占星術で導き出したことを、コンピューターで処理するシステムもあったんですよ。

來夢 1995年頃に、そのようなシステムがあったとは驚きです。

ペルセフォネー とにかく必要と思われるものをインドで手に入れて、日本に帰ってから、その翻訳に取りかかりました。立ち上げた会社はうまく軌道に乗っていたので、青山学院の英文科の学生さんたちに翻訳をお願いして、そのような形でインド占星術の勉強が始まりました。
同時に日本では、インド占星術師が勉強会を開いていることを知って、1997年からその勉強会にも参加して、翻訳を進めながら、さらに勉強をするようになったわけですが、インド占星術を私よりも以前から勉強されていた方として、マハリシ研究所にいらっしゃった宇月綺敏生(うつぎ・としお)先生の名を知っている方はかなりいるのではないでしょうか。

來夢 宇月綺先生の名前は存じ上げていましたし、マハリシ研究所はヨガや瞑想の総合研究所として全国展開されている社団法人ですよね。

ペルセフォネー そうです。

來夢 私はインド占星術にずっとご縁を感じていて、以前、もっと知りたいと思ったことがあるんですが、当時は「宿命論的ではないか」「なるほど、そういうのもあるのね」という印象で、それ以上でも以下でもなく終わってしまいました。

ペルセフォネー そうでしたか。「あなたの宿命はカーストも含めてこうだから、一生変わりません」というような印象を持たれたんでしょうね。

來夢 ええ。宿命論的なので開運するためには、自分に合った宝石を持ったりするのかとか、だからカーストと似ているのかとか、思ったりしました。
ですから、今日は是非、そのあたりのお話もうかがうことができたら有り難いです。

※宿命は改善できる─その② に続く

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