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  2019.10.17



Vol.10 「星の処方箋」が出せる市井の医者のようでありたい─その①

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ムーンプリンセス妃弥子 (むーんぷりんせすひみこ)

西洋占星術・運勢学研究家、フォーチュン・アドバイザー。
幼い頃から天文学、ギリシャ神話に興味を持ち、故ルネ・ヴァン・ダール・ワタナベ氏に神秘学、西洋占星学、カウンセリング技法などを学ぶ。占術家としてのキャリアは25年を超え、現在、朝のテレビ情報番組内での占いコーナーを担当する他、占い雑誌や女性誌、web,各種メディアに出演するなど、第一線で活躍を続けている。
“運はトレーニングすることでさらにより良いものに磨かれる”を信条に、運のトレーニング=「運トレ」を展開。マナーやライフスタイルはじめ、運の良い生き方の提案は常に各方面より幅広い支持を得ている。
著書に「ムーンプリンセス・タロット占い」(1989/12 池田書店)、「魔法使いになりたい女の子のためのヒミツの魔女っ子入門 」(1990/12 小学館ミニレディー百科シリーズ) 、「愛と神秘のタロット占い」(1993/4 成美堂出版)、「めくるだけで幸運を呼ぶ魔法のタロットカード 」(2007/12 マキノ出版)、「ムーンプリンセス・妃弥子の星座占い大事典」(2010/4? 中経の文庫シリーズ) 、
現在は「PHPくらしラク~る増刊号」(PHP)「健保」「トチペ」など他、多数執筆。

BLOG:ourage 毎日YOJO

enherb BLOG: 「ココロとカラダ」を整える月のバイオリズム

主な占術方法 : 西洋占星術/タロット

 

目次

1. 星に憧れ、天文学者になりたいと思った子供時代

2. ルネ・ヴァン・ダール師の教えがあったからこそ、今がある

3. 占い師というより、星のメッセージを受けとめる者

4. 「運の遺伝子」が同じ人がいるのではないか

 

1. 星に憧れ、天文学者になりたいと思った子供時代

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來夢 私が妃弥子さんに初めてお会いしたのは、いまは亡きルネ・ヴァン・ダール先生が主宰していた研究所のセミナー会場でした。

妃弥子 懐かしいですね。

來夢 場所は新宿の住友三角ビル。朝日カルチャーセンターの講座でした。

妃弥子 私はルネ先生のアシスタントをしていました。会場には受講者が40人程いたと思いますが、何も言わなくても目立っている人が4~5人いて、來夢さんはその中の1人でした。

來夢 そうだったんですね。

妃弥子 何も言わないのに教室に入ってきただけで目立つ人って、いるじゃないですか。それで、よく覚えているんです。

來夢 あの時、ルネ先生が最初に「私は占いについて、こういう哲学を持っています。ですから、私の考えに沿わない人は、いま講座料金をお返しするから出て行ってもらって構わない」というようなことを言われたんですが、覚えていらっしゃいますか?

妃弥子 よく覚えています。あの時、多くのかたが教室から出ていかれましたね。

來夢 ルネ先生が「私は当たる、当たらないという占いを教えるつもりはない。そういう占いを学びたければ、しかるべき先生を紹介します」とおっしゃって、ちゃんと他の先生の連絡先を教えていて、半分くらいの人が帰られました。

妃弥子 本当に出て行くと思わなかったので、ちょっとびっくりしました。

來夢 ルネ先生は上から目線で言われたのではなく、慈愛込めて誠心誠意伝えていましたから、あの言葉は、当たる・当たらないに重きを置いて、そこに価値があると思っている人にとってみれば、かえって、ありがたい一言だったと思います。

妃弥子 ルネ先生がご自身の哲学というか、占星術を通したカウンセリングのあり方を構築され始めたのも、あの頃だったように思います。

來夢 90年代初頭あたりだったでしょうか、まだ私たちバリバリに若かった頃ですよ。それで、残った人たちはその前の1期の人たちと一緒になったんです。

妃弥子 そうでしたか。

來夢 そう、だから正確に言うと私は2期生なんです。

妃弥子 いま、振り返ると1期生の生徒さん以上に、來夢さんたち2期生のメンバーさんが主流になっていかれた感じでした。

來夢 このサイトの4回目と5回目のゲストとしてお呼びして、紹介させていただいていますが、鳳万里香さん、西村レーテさんのこと、覚えていらっしゃるでしょう。

妃弥子 もちろんです。西村さんは1期生でしたね。
鳳さんは、朝日カルチャーセンターの生徒さんではなく、私の姉弟子にあたる方で、ルネ先生の古い愛弟子のおひとりです。

來夢 妃弥子さんとは、あれからずっとお付き合いさせていただいているけれど、出会った時は、すでにムーンプリンセス妃弥子という名前を襲名されていらしたのですよね。

妃弥子 はい、そうです。大学卒業後、ルネ・ヴァン・ダール研究所に入って2年目の時に本を出版する機会を得て、その時にルネ先生から名前をいただきました。

來夢 改めてお聞きしたことはないけれど、そもそも星占いの道に入られたのは、どのようなことがきっかけだったのでしょうか?

妃弥子 もともと私は幼い頃から星が好きで、小学校の理科の授業で使っていた星座早見表を手に、夜空の星をずっと見上げていました。

來夢 純粋に星が好きだったんですね。

妃弥子 はい、星座や一等星の名前、星雲の位置や名前など覚えたりとかね。中でも地球から一番近い恒星、ケンタウルス座のα星ですが、その星にすごく興味を持って、理科の先生にそのα星についていろんな質問をしていました。星と対話をしたいという気持ちがずっと心の中にあって、本当は「将来、天文学者になりたい」って思っていたんです。

來夢 そうだったんですね。ルネ先生は、そのことに対してどう思われていたのでしょうか?

妃弥子 むしろ「占う」ことより「星が好き」という思いを大切にしてくださっていたように思います。占星術の発祥は、そもそも古代の天文博士たちが夜空の星を見て、国や王の運命を読み取ろうとしたものですから。

來夢 ルネ先生らしいですね。

2. ルネ・ヴァン・ダール師の教えがあったからこそ、今がある

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妃弥子 小学生の頃は、『なかよし』という雑誌の占いのページを読んだりしていましたが、自分の中で占いをしたいという興味はまだ沸かなかったですね。でも、星を調べているうちにギリシャ神話に出会い、夢中になりました。学校の宿題もそこそこに、ギリシャ神話ばかり読みふけっていた記憶があります。

來夢 それ、分かります。私も子供の頃、占いと星がつながらなかったし、星に興味を持ったきっかけは、東京ですから、夜空に自然にまたたいている星ではなくて、プラネタリウムを初めて見た時ですね。それで、星の本を買ったりして、やはりギリシャ神話に夢中になったことがあります。

妃弥子 共通していますね。

來夢 じゃあ、妃弥子さんもギリシャ神話を読むようになった先に星占いがあったということでしょうか?

妃弥子 そうです。でも、占い師を目指していたわけではなく、ルネ・ヴァン・ダール・ワタナベという人の生き方を学びたいと思い、ルネ・ヴァン・ダール研究所の門を叩きました。

來夢 占い師を目指してなくても大丈夫だったんですか? ルネ先生は、当時すでに日本を代表する占星術の第一人者でしたよね? 

妃弥子 職業としてはそうかもしれませんね。これはルネ先生ご自身もよくおっしゃっていたことですが、ルネ先生は「僕は占術家というより、その人が少しでも人生を幸せに心豊かに生きるために、西洋占星術の世界観を通して、側面からそっと道を照らしていくフォーチュン・コンダクターのようでありたい」というお考えでした。それは、その後の先生のホロスコープ哲学になっていきました。

來夢 要は、妃弥子さんはルネ先生の考え方というか、ルネ哲学というか、そこに注目されたということでしょうか?

妃弥子 おそらくそうだったのだと思います。世界観が近かったのでしょう。

來夢 私は小学校の時に、ルネ先生の『ルネの魔法の世界』というラジオ番組をずっと聴いていたし、先生はテレビにもよく出ていました。ルネ先生はある時は天文学、あるときは心理学というように多面体の方だったけれど、妃弥子さんはルネ先生の「魔法」
に対する考え方についてどう思われていましたか?

妃弥子 私は残念ながら、そのラジオ番組も先生出演のテレビも見ていなかったんですよ。でも私がまだ10代だった頃、先生の『魔女っ子入門(説話社)』というご著書を手にしたんです。その本での魔法というのは、ハリーポッターのようないわゆる「魔法」ではなくて、“自分もそして周りの人をも幸せにする生き方である”ということが記されていたんです。「ああ、これこそが人生において大切なことなんだ」って、ズンと心の奥に響きましたね。

來夢 なるほど。ルネ先生の「魔法」というのは、ファンタジーの魔法使いではなく「幸せな生き方」をする人になる、ということなのですね。それで、妃弥子さんもルネ先生の「魔法」の世界が好きだったと。

妃弥子 私だけではありませんでしたよ。当時の弟子たちは、みんなルネ先生の「魔女っ子」、すなわち“素敵な生きかたのできる、素敵なレディでありたい”と、そんな希望に溢れて日々、学んでいました。

來夢 私もルネ先生はそういう方だったと思います。私が最初に先生から教えていただいたのも、やはりそうしたルネ哲学で、君達に伝授するのは単に当たる・当たらないだけの占いではなく、人が幸せになるための知恵だからとよく言われました。

妃弥子 それをルネ先生は「実践神秘学」と名付けていらっしゃいました。

來夢 ルネ先生は、言葉を作るというか、創造するのが上手でしたね。実践神秘学という言葉自体にシンパシーを感じます。

妃弥子 もちろん、占星術の基本、タロットの基本なども習わせていただいたけれども、きっと來夢さんも私も、伝授されたことは結局、実践神秘学だったと思うんです。私達門下の使命は、西洋占星術のカウンセリングにそうした「ルネ哲学」を取り入れることであり、ルネ先生の教えを受け継ぐことだと思っています。

來夢 ところで話を戻すようですが、妃弥子さんは占い師になるつもりではなかったとおっしゃいましたが、いまは有名な西洋占星術家のおひとりになっています。どのようなきっかけで、占いの道に進まれたのですか?

妃弥子 私、音楽大学の学生でしたが、ちょうど卒業した頃、ルネ研究所で秘書をされていた方が退職されて、早急に人手が必要ということになったんです。それで、ルネ哲学を学んでいた私に、その道が与えられたんです。

來夢 それで、本格的に占いの勉強もするようになったんですね

妃弥子 最初の頃は結婚するまでの腰掛け程度という雰囲気でした。「社会勉強のために、秘書の仕事やマナーなど身につけておくといいだろう」と。でも、勉強は好きでしたから、頑張りました。まだ当時は先生のアシスタントでしたが。資料作成などもさせて貰いながら、理解を深めていったんです。鳳さんとも、徹夜で一緒に頑張ったことが何度もありました。

來夢 まさに、実践を通して体得していった感じですね。

妃弥子 ルネ研究所は出版社をはじめ多くの一流企業と仕事を展開していましたから、「一流の人達の考え方をよく見ておきなさい」と言われました。

來夢 なるほど、ルネ・ヴァン・ダール研究所はスタッフというか、お弟子さんがたくさんいましたよね。それに、当時は女性男性に関わらず、雑誌などに名前が出ていた方は、ルネ先生のところで学んだ方が多かったでしょう。

妃弥子 ええ、西洋占星術で活躍している占い師は、ルネ門下生がとても多かったですね。それに來夢さんが来られた頃が、お弟子さんが一番多かったように思います。

來夢 いまのお話をうかがっていると、ルネ先生が「妃弥子は娘、來夢は母、万里香は親戚の子」と、おっしゃっていたことが、ふっと思い出されました。

妃弥子 そうでしたね。それぞれ役割があって、來夢さんはやっぱり包容力がおありなので、ルネ先生も唯一相談できる相手だったのではないでしょうか。鳳万里香さんは先生と奥様の身の回りのお手伝いをしていましたし、私は娘として、いろいろな企業の方たちの集まりなどにも参加させていただいて、社会勉強させていただきました。
私にとっても、大切な時代。あの時代があったからこそ、いまがあります。

來夢 私もつくづくそう思います。

 

3. 占い師というより、星のメッセージを受けとめる者

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來夢 ルネ研究所の手伝いをしたことで扉が開き、それがきっかけで占いが現在のお仕事になっているということを振り返ってみて、いまどう思われますか?

妃弥子 運命なんでしょうね。私、占い師を目指したわけではなかったのですから。ただ、私のホロスコープ(出生天宮図)の星の並びを見ると、確かにちょっと神秘系ですから、やはりなるべくしてなった、のでしょうね。天職は、その人がやりたいかやりたくないかに関わらず、「天から与えられるもの」だと思っています。

來夢 妃弥子先生といえば、いまでこそ当たり前になっているけれど、テレビに占いコーナーができた先駆けの人です。

妃弥子 ありがとうございます。來夢さんにそう言っていただけると嬉しいです。でも私は、たまたま出演させてもらう幸運を得たのですが、あんなふうに楽しい占いコーナーを企画したフジテレビさんが素晴らしかったと思っています。

來夢 そもそも、雑誌の占いページをオールマイティーにしたことでは、ルネ先生は有名でしたから、その番組への出演依頼がルネ・ヴァン・ダール研究所にきたということですか?

妃弥子 そうです。でも、当時はテレビに対する認識が、いまと全然違っていましたから、「僕が出るより若手がいいだろう」と先生が判断されました。

來夢 先生が妃弥子さんを抜擢した理由は?

妃弥子 私は、雑誌『マイバースデイ(説話社)』で「星座ランキング」という特集を何度も執筆させていただいていて、読者アンケートでその特集が人気特集記事の年間総合1位になったことがあったんです。それで「ランキングだったら君の専門分野だろう」ということで、推薦いただきました。

來夢 なるほど、“ランキングと言ったらムーンプリンセス妃弥子”ということで、すでに定評があったわけですね。そう思うと、いまはランキングも当たり前になっているけれど、やはり妃弥子さんは先駆けですよ。

妃弥子 そう言って頂けるのは嬉しいですし、何と言っても『マイバースデイ』さんと『めざましテレビ』さんの企画力、時代を読む力が素晴らしかったのだと思います。

來夢 それにしても、番組は随分長く続いているので、妃弥子さんにとってはライフワークみたいになっているわけですね。

妃弥子 そうですね。もう生活の中心になっていますし、これまでやってきて良かったと思っています。
たとえば、視聴者の方からいただいたお便りの中に、『めざましテレビ』の占いコーナーの星座ランキングを見るようになって、それまで会話がなかった家族に、「今日は、お父さん1位ね、すご~い」といったコミュニケーションが生まれた、家族が笑顔になった、ランキングの話がきっかけで友達ができるようになった、などと書かれたハガキをたくさんいただきました。

來夢 いや分かりますね。うちの主人は早起きですから、『めざましテレビ』を見ていて、自分の星座のランキングが高いとうれしそうなので、「それ妃弥子さんがやっているのよ」と言うと、「えーっ」と喜んでいましたよ。
家族の会話などのきっかけになって、役立って良かったですね。

妃弥子 本当にそう思います。長く続いているのも、視聴者からうれしい声が届くことがあるからです。
それに、番組に出るにあたって、いつも肝に銘じて繰り返しているのは、ルネ先生から言われた「占い師に会った人が、また悩むような占いはするな」という言葉です。

來夢 すばらしいですね。そのお話は、いま初めてうかがいました。

 

4. 「運の遺伝子」が同じ人がいるのではないか

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妃弥子 來夢さんの生き方もそうですが、私は、カウンセリングに臨むその姿勢にも、ルネ先生がおっしゃっていた「人が、また悩むような占いはするな」という言葉が顕れていると思っています。
來夢さんのカウンセリングで元気づけられたり、勇気づけられたり、そういった方たちが、また來夢さんに会いたいということでファンがどんどん広がっていると思いますし、多分、そういうところはルネ先生と共通しているのではないでしょうか。
だから、來夢さんは生まれながらにして、先生と同じようなハートを持っていると思うんですよ。

來夢 そうですか、自分でそんなこと意識したことないけれど。

妃弥子 子供の頃から友達の相談に乗っていたという話を、以前、來夢さんからうかがったことがあります。

來夢 確かに、友達から親のことなどで、よく相談されていましたね。

妃弥子 子供の頃から相談されていたというのは、とてもステキなことだと思いますよ。皆、誰彼なく相談できるわけではなくて、子供同士でもこの人に話をすれば、何か安心できる答が聞けそうという期待があって、それに応えることができるわけですから、当然、そこには厚い信頼関係が生まれるでしょう。

來夢 なるほど。

妃弥子 來夢さんのお話をうかがっていて、思い出したことがあります。それは以前、本で読んたことがある、オードリー・ヘプバーンに関する話です。
彼女がまだ駆け出しの新人で、小さな役を貰って楽屋でメイクをしていたときのことです。彼女はまだまだ新人なのに、なぜかみんなが大物女優のように扱っていたらしい。メイクアップアーティストかコーディネーターさんの話だったと思うんですが、さすがオードリー・ヘプバーン。大物は新人であってもすでにそういう雰囲気を持っているんです。

來夢 オードリー・ヘプバーンって、そういう人だったんですか。

妃弥子 私は來夢さんにも同じような雰囲気を感じるんです。
この人は何か違う、この人には何か光るものがあると、多分、ルネ先生も來夢さんに感じていただろうし、私も最初にお会いしたときに、「この人は何か森のような深さを持っている」という印象を持ったんですよ。

來夢 そう言っていただいてすごくうれしいけれども、ルネ先生が私を母と呼んでくれていたのって、そういうところを先生は、初めて会った時から見てくれていたからなのかしら。

妃弥子 それは、そうでしょう。
だって、これは内緒の話ですけど、実は意外と好き嫌いの激しい方でしたよ。

來夢 そうだったんですか? 好き嫌いが激しかったなんて知りませんでした。先生は本当に多面体で、相手がそうなら自分はこうなるという鏡のような人でした。

妃弥子 もちろんです。紳士的な方でしたから、誰にでも笑顔で温かく対応されていました。でも、ご自身の中に人との距離感というのがあって、その人の実力とか社会的地位とかはまったく関係なく、ここまで受け容れていいという人は本当に少ないというか、稀有でした。

來夢 妃弥子さんから、いまのようなお話をうかがうと、私は本当に大切にしていただいたから、改めて先生に感謝したいですね。

妃弥子 それをひと言でいうと“ご縁”ということになりますし、ルネ先生や來夢さん、研究所に来られた方たちと知り合えたことに、私も感謝しています。

來夢 一番初めの講座の時、先生が受講生たちにホワイトボードに名前を書かせたんです。そして、「この中で一番素直な子はこの子だね」と、私の名前にマルをつけて下さったんです。

妃弥子 ルネ先生はきっと瞬間的に何かを感じられたのでしょうね。

來夢 それで「この子は君だね」とおっしゃったので、この人は本当に魔法使いだと思えたし、私にとっては非常にインパクトがありました。

妃弥子 ルネ先生の中には、最初からそういうインスピレーションがあったのかも知れませんね。筆跡で判断しているというより、來夢さんのステキな“気”から「糸」のようなものを感じたんでしょうね。

來夢 ありがとうございます。私はむしろ、そのように先生の考え方とか行動について語れるというのは、すごく妃弥子さん自身の思いが、そこにシンクロしていて一体化している感じがします。

妃弥子 生まれながらにして持っている星と言えば、そうかもしれません。私はずっと運の研究を続けてきていて、その中でひとつの仮説を立てました。
それは、どうやら人には「運の遺伝子」みたいなものが存在しているのではないかということ。遺伝子は体の細胞などを作っている源。運は見ることはできないので、あくまで仮説ですが、それでも、遺伝子みたいなものがやはりある。そして、ざっくり言ってしまうと、その様相が似ている人がやはりいるのではないかと考えているんです。

來夢 なるほどね。他の言葉で言い表すならば、ツインソウルとかソウルメイトという感じでしょうか?

妃弥子 ちょっとニュアンスは違いますが、方向性は似ていると思います。

「星の処方箋」が出せる市井の医者のようでありたい─その②に続く

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